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大統領選について、ここまでの分析


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一昨日4日のコロナレポートの冒頭で、緒戦はトランプ優位だが、郵送票でひっくり返っていき、結果が確定するまであと数日かかる情勢であると述べ、分析を先送りした。ただ、メールなどでのお問い合わせが続き、ある程度は返答してきたので、それらを再編成する形で「中間報告」としたのが今号である。

日米の報道ギャップ

さて、4日の日本のメディアでは、素直に開票速報のままトランプが優勢であるかのような報道がされていることに驚いた。かのトランプ贔屓の木村太郎は「私は今回も最初からトランプだと言ってたでしょう!」と鼻高々であった。日経もどちらかと言えば同様で、前回と変わった投票制度がもたらす逆転への言及は、翌日になるまで明確ではなかった。

一方、アメリカではバイデンが後から逆転していくことは常識であり、そのタイミングだけが問題になっていた。意外なことに、逆転開始の号砲を鳴らしたのは最も親トランプだったFoxで、日本時間4日の13:30頃に、他社に先駆けてアリゾナ州のバイデン当確を出して、これがトランプを心身共に打ちのめしたと伝えられる。この時点ではアリゾナはトランプが優勢だったのである。トランプは大好きだったFoxに裏切られたと狼狽して会見などできない状態になり、義理の息子のクシュナーはFox社主のルパート・マードックに電話して撤回を要求したが断られ、ホワイトハウスは大混乱に陥った。

結果としてその夜の会見はバイデンが先行した。笑顔のバイデンが日本時間の14時45分頃(現地深夜0時45分頃)、生気のないトランプは16時30分頃に最初の会見をする。現地時間ではトランプは4日深夜2時30分に会見したことになるが、そこで自分がミシガンとウィスコンシンで勝っていることは明らかであり、もうここで開票作業を止めるべきであると発言して物議を醸した。筆者は真夜中にわざわざ出てきて発言したことや、終始笑顔がなく表情が硬かったことから、とても不自然な会見であると感じた。

どちらの陣営もpollsterと呼ばれる票分析の専門家を多数抱え、数理モデルを使ってリアルタイムに勝敗を予測している。各州からは通常の開票結果だけではなく、郵便票の結果も逐次発表されてきている。つまり、その時点で開票を止めなければバイデンにミシガンとウィスコンシンで逆転されるリスクをモデルが示したので、いたたまれず真夜中に出てきたのではないかと思ったのだ。トランプは負けそうなことが、既にあの時点で分かっていたと感じたのである。4日のレポートは、このトランプ演説を確認してから、自信を持って送信した。まだこの頃の日本の報道は、前述の通りトランプ優勢である。

争乱にトランプ再逆転の可能性を指摘する日本報道

さて、日本時間11月5日になると、さすがに日本の報道からもトランプ再選ムードは消えて、今度は「争乱モード」が強調されるようになった。争乱の可能性については10/26号で述べたとおりで、これもアメリカでは十分に予想範囲内の話である。ただ、アメリカの報道が争乱を由々しき事態と批判するのに対して、日本では争乱によりバイデンが簡単には大統領になれない可能性の方が強調される。面白くなってきたぞ、と言う感じである。

アメリカの報道では開票所に押しかけているトランプ支持者の映像は、それほど尺(放送秒数)をとっていないため、筆者はむしろNHKでそれをまじまじと見ることになった。因みにNHKはここまでの報道でも、トランプの尺がバイデンの尺の2~3倍長く、Foxをも凌ぐほどのトランプ寄りの放送局になっていたことを指摘しておく。

筆者が驚いたのは、日本では、混乱が続けば合衆国憲法修正第12条に基づき「議会がトランプを選ぶ可能性があること」が真顔で報道されていることである(元ネタは10月頃に米国の一部のソーシャル・メディアに流れた言説だ)。確かにテクニカルには可能だが、これはもともと大統領候補が4~5人立候補していた時代に、誰も選挙人の過半数を取れない場合の救済策として加えられた条文だから、二大政党制になり大統領候補が2人になってからは死文化している。そもそも実際に使われたのは1824年に1度きりで、約200年前、日本で言えば江戸時代の話である。そんなものを持ち出すにはそもそも議会の圧倒的協力が不可欠だが、すでに7千3百万票という米国史上最高の得票総数を得ている候補者バイデンを党利党略のためだけに陥れるのは民主主義の根幹を揺るがすことであり、こうした死文をそのために復活させることには共和党であっても多くの議員が反対するだろう。そこまでアメリカの政治も腐ってはいないし、落日のトランプにそこまでの義理はない。これは最初からジョークなのだ。だから、そんなソーシャル・メディア・ネタをとても詳細に7時のニュースで解説している日本のメディア(NHK)には滑稽さすら覚えるのである。そこまでトランプに肩入れする理由は何なのだろうか。

「ヒトラー最後の12日間」 的状態

確かにトランプは少しの期間は当て処もなく訴訟を繰り返すかも知れないし、一部でデモも続くかも知れないが、選挙人の集まる12月14日までには収まると筆者は考えている。トランプは4~5日は執務室にこもりきりで、メディアは100%遮断、ツイッターではデモを煽り、スタッフを呼びつけては失敗に至った犯人捜しをし、共和党の知事に電話をかけて何とかしろと言い、子供たちには自分が負けたらお前たちとはもう一生口を利かないと言ったりしたそうだが、これはもはや末期的症状だ。筆者はそれを読んで、ベルリン陥落の直前期を描いた「ヒトラー最後の12日間」という映画のシーンが次々と頭に浮かんだ。そんな息苦しい環境に見切りをつけたスタッフたちが、これから徐々に骸骨を乞うてホワイトハウスを離れ始めるだろう。

共和党としても裸の王様となりつつあるトランプを守り続けることは得策ではない。取り敢えず上院が民主党に取られなかったことで、議会共和党にもここから(バイデン政策の抑制という)活躍の舞台は残されている。そんなこともあって、トランプ抜きの世界を前提に時間はどんどん流れようとしている。上院院内総務マコーネルはじめ共和党重鎮たちは既にトランプを見限るような発言(最後まで票を数えるべきであるなど)を遠慮なくするようになったし、トランプ本人の焦りをよそに株価も上がってきている。従って争乱は当面のイシューではあるが、沈静化を待つべきものと思っている。

トランプはコロナウイルスに負けたのか?

コロナとの関連性は動態統計が不十分な現状でははっきりしたことは言えない。しかし日本ではともかく、アメリカでの解説ではコロナはあまり出てこない印象がある。

一つには、コロナ対策を最も不満に思っていたはずの白人女性票が、キー州でほとんどバイデンには流れていないことがある。これは筆者にも意外だった。地方の多くの白人は男女ともに引き続きトランプに忠実だった。

今回は、両陣営ともに得票総数を前回から大きく伸ばし(1908年以来の高投票率)、その積み増し数でバイデンが競り勝ったという選挙だった。票数が変わらない中で、前回トランプ入れた層がバイデンに流れたという構図ではない。従って、トランプの敗因を探すよりも、バイデンの勝因を探る方に意味がある。今回はバイデンの戦略(ヒスパニック、黒人票の掘り起こし)の方が、トランプの新規白人動員を上回ったことに勝因を求めるべきだろう。白人はもともと投票率が高いので伸びしろが少ない。オバマは黒人がきちんと投票に行きさえすれば、アメリカは変わると言い続けたが、そのオバマを上回る黒人の支持を得たのがバイデンであった。

そもそも大統領選挙の投票日はなぜ火曜日と決まっているのか。19世紀の宗教的な事情が直接の要因ではあるが、そもそも低所得者層には投票権がなかったので、平日でもあまり支障はなかったことも背景にある。近代になって何度か週末に移そうという動きはあったが、労働者や有色人種が投票しない方が都合が良い勢力はそれを妨げてきた。仕事を休んで投票に行かなくてはならない不合理は、構造化された保守バイアスの一つであり、それをオバマは指摘したのである。

従って、敢えて言うならコロナウイルスの影響よりも、ブラック・ライブズ・マター(BLM)の影響の方が大きかったのではないかと筆者は考える。とは言え白人の危機感を煽ったトランプの新規動員力も結構あったので、事前想定以上の接戦となったのである。

人口動態の変化と二大政党 … 少しばかり回顧的に

もちろん黒人とヒスパニックだけでは足りない。バイデンは、特にジョージア、ノースカロライナ、アリゾナ、ネバダなどでこの4年間に起こったハイテク都市化(ハイテク企業誘致など)からもメリットを得た。従来レッドステートだったこれらの州に、新しくIT系の知的階層が流れ込んで都市住民となり、そこをバイデンが掘り起こしたことが伝えられている。バイデンは結果としてこの4州すべてを落とせないと思うが、十分に健闘した。一方のトランプはこうした人口動態変化に対応するよりも、ペンシルバニア、オハイオ、フロリダを確保することを優先した。過去24年間、オハイオとフロリダを取らずに大統領になったものはいないというジンクスにこだわってしまったのだ。大規模集会はこれらに集中させ、西部が手薄になった。前述のアリゾナがバイデン当確になってしまったときのショックは、とても大きかったに違いない。

アメリカの二大政党制は、人口動態の変化に応じて、実際にはカメレオンのように変化してきた。100年前には、現在のレッドステートはブルーステートであり、ブルーステートはレッドステートであった(次頁)。もともと共和党はリンカーンの党であり、北部の革新的な産業家を代表し、民主党は南部の奴隷制度を支持する農園地主の党であった。この状態は図が示すように1924年頃まではその形を保っている。しかし、そこからの変化は大きい。

イニシアチブを握ったのは民主党で、変われない共和党を尻目に、ニューディールのルーズベルト、ケネディ(1960)、クリントン(1992)などの若く進歩的イメージで、同じく進歩的な風潮の都市住民に支持者を広げた。この結果、ブルーステートは北上し、逆に共和党は行き場を失って南下することになる。2000年になると、ほぼ今日のような、東西都市部がブルー、田舎がレッドという形態が固まる。

しかし前述のように、都市化は今現在も進んでいる。止まらぬIT産業化で、ゲイ、男女同権など進歩的思想の都市部の人口は増える。共和党は積極的に郡部の党になろうとしたと言うより、まさにそこへ逃げ込むしかなかったのである。ただ、もともとアメリカの選挙制度は郡部に有利に設計されている。人口比例の下院を民主党に奪われても、少ない票数で相対的に大きな議席を得られる上院では共和党はまだ有利である。大統領選も同様だ。郡部の党になることで、共和党は耐用年数を延ばすことができたわけだ。

しかし、選挙制度は死票を減らすように改良されて行くので、共和党への制度的追い風はいずれ減っていく。今回ネブラスカとメインで選挙人分割が始まり、レッドステートでも大都市からブルーの選挙人が選ばれるケースが出てきた。逆にブルーステートでも郡部からレッドの選挙人が選ばれるケースもあるが人口比的には少数である。こうした変化は、得票総数が少ない候補が大統領になってしまう矛盾を解消させていく。富裕層と郡部の保守だけに頼る共和党はジリ貧になる。

人口比で少数となった共和党が生き残るために選んだのがトランプだった。人種間のわだかまりを助長して、郡部の党から脱皮して、依然として人口の55%を占める白人の党として再定義することで多数派になろうとしたのである。しかし人種面で極度に露悪趣味なトランプを支持しない白人もいる。結果として、現時点で73,735,347票対69,655,084票でトランプは少数派のままである。共和党にはトランプに代わる新しい戦略が求められている。

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