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マイク・ジョンソンとは何者か

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昨年の中間選挙の結果の与野党伯仲で、年初から不安定な状態が続いてきた米下院のリーダーシップだが、10月3日のマッカーシー前議長の罷免からわずか22日で意外にあっさりと次の議長が決まった。共和党議員221人の中から1人の反対者も出なかったこと、6年前に連邦議会議員になったばかりの新人で事前に名前も上がらないダークホースだったことから、こんなところに最大公約数があったのか、とアメリカの大多数の政治ウォッチャーが仰天する結果であった。


過去も述べたように、筆者は日本でのアメリカ政治報道のレベルに大きな不満を持っており、今回もその例外ではなかったことや、今後の米議会の動向に対しても示唆のある結果だったと思うので、ここに一文をしたためることにする。

トランプ主義者?

話が前後したが今回米下院議長になったのは、ルイジアナ州4区選出のマイク・ジョンソン、51歳、男性である。職業人生の大半は弁護士で、2015~17年にルイジアナ州議会下院議員、2017年から国政に移ったので、政治家をしているのはここ8年だけと言うnewbieである。そんな人物がいきなり米議会下院トップの座に就いたのだから衝撃であったし、その秘密も知りたいところであるが、日本での報道はまず量が少なく、そこを掘り下げるに至らない。


そもそも日本での報道の一番の間違いは、ジョンソンを親トランプ、トランプ派と報道していることである。日経にも某エコノミストのそんなコメントが載っていた。これは、あまりに上辺だけをさらって書いたとしか言いようがない。2020年の時点では、ほとんどの共和党議員はトランプを支持していたし、逆にあの時トランプを支持したからと言ってトランプ派と言うことにはならない。ジョンソンは、ペンシルバニア州での選挙の不正を訴えた126人もの共和党下院議員の1人に過ぎないと言うことだ。しかも2022年には、大統領選挙に大きな不正はなかったと発言を修正している。ここにジョンソンの「お利口さん」性がまず浮き出ており、それが若くして下院議長に成り上がった秘密の1つでもあると思う。

アメリカの3つの保守

ひとことで「保守派」と言っても、現代アメリカ政治においては主に3つの類型があると筆者は考えている。


第一は、財政保守派である。20世紀には保守派と言えば、このタイプを指すのが当然であった。ニューディールへのアンチテーゼとして台頭し、いわゆる小さな政府を志向する。アメリカ資本主義とともに発達した近代保守であり、3つの中では一番後発である。最近はオバマケア、コロナ関連予算、ウクライナ援助などの縮小を訴える。保守派の草の根運動として子ブッシュ政権を支えてきたティー・パーティー運動も財政保守運動である。下院議長も、マッカーシーの前任だったポール・ライアンまでは、明確にこの流れに属していた。


第二は、宗教保守派である。19世紀後半から、特に南部で絶えることなく続いている流れではあるが、連邦レベルの政界においては近年までは少数派で異端的であった。神の国に無関心な財政保守に対しては一定の不満を持ち、1988年の共和党大統領予備選では宗教チャンネルの創設者兼DJとして有名だったパット・ロバートソンが宗教保守派として初めて立候補したが、父ブッシュに大敗している。主張としては、妊娠中絶への反対が最大の題目であるが、同性婚や離婚などを社会規範の緩みと捉え、それが伝統的なキリスト教道徳からの乖離に起因していることを憂う。また移民などによる非キリスト教徒の増加にも反対し、往々にして白人優越主義とも結びついている。


第三は、トランピアン(トランプ派)である。これは言わば反エスタブリッシュメント運動であり、そう定義すればこれも19世紀前半のジャクソン期に遡る古い流れである。首都ワシントンを「沼swamp」と呼んで、そこに働く政治家、官僚を腐敗した犯罪者集団のように認識するところに特徴がある。思想的に左派ではまったくないのに、底辺層の現状への不満を左派に代わって受け取り、内向きなアメリカ優先政策を訴えて勢力を伸ばしてきた。さらにトランプ個人の色として加わっているのが、陰謀論的な選挙否認election denialであり、今の米国の選挙システムは沼を利するように操作されているとして、正当性を認めていない(ただし次に自分たちが勝てばおそらくシステムを否認しないであろう)。


そして、この3つは完全に排他的ではないので、1人の人間が同時に3つを兼ねることも可能である。しかし面白いもので、筆者がウォッチしている主な米政治家は、まずこのうちのどれか1つのタイプに属する。そして状況に応じて残りの2つの側面も打ち出すことで、協力しあって保守層を形成するのである。3つの性質を1/3ずつ持っているようなマルチ保守はむしろ見たことがない。

宗教保守派ジョンソン

その線で行くとマイク・ジョンソンの分類は極めて容易であり、それは第二の「宗教保守」である。彼の長い弁護士人生のほとんどは、Alliance Defending Freedom (ADF)と呼ばれるキリスト教的価値の衰退を阻止するための基金の顧問弁護士としてのものだった。この基金は、教会活動にお金を出すことから、訴訟でキリスト教的価値を社会に埋め込む方向へ次第に戦略を改め、その中でジョンソンの役割は増大した。そして同性愛を禁止する立法の促進や、同性婚を認めない数々の判決を勝ち取ったことでADFからの評価が上がり、いわばその論功行賞としてルイジアナ州議会、そして合衆国議会への出馬が打診されたのである。


そして、彼のキリスト教への傾倒は、打算と言うより個人的な背景によるものであると考えられる。生まれて間もなく両親が離婚してしまった彼は、今のケリー夫人とはcovenant marriageをしている。ルイジアナ、アリゾナ、アーカンソーの3州にしかない制度で、定訳がないので取り敢えず「規範結婚」としておくが、原則として離婚できない結婚であり(どちらかに不貞行為などがあれば可能)、キリスト教的善男善女のあるべき姿を体現したものである。ただ制度のある保守的なルイジアナ州でも、規範結婚を選ぶのは1%に満たないとされ、がちがちの保守的キリスト教徒でもない限り普通は選択しない。子供は4人。ケリー夫人は、教師を辞めて教会の教区カウンセラーをしており、信徒の信仰や妊娠など生活上の悩みに対して、キリスト教徒としてどう振る舞うのが正しいかを説くのが仕事である。こうした夫婦の特別にキリスト教的な関係性も含め、ジョンソンをハードな宗教保守として見るのは間違っていないと思われる。また繰り返しになるが、女性関係に不埒なトランプに対して心底から恭順するような人間ではなく、あくまで利害、損得勘定に応じて協力する関係と言えよう。

なってみると、なるべくしてなったとも言える

このように見てくると、宗教系保守派弁護士として実績があり、何度も再選確実な田舎の保守票田と宗教的支持母体を持ち、議員経験は短いがその分色もついておらず、フロアにまだ敵もいないジョンソンが、反対票を浴びずにさっと議長になった経緯が浮かんでくる。


同時に、宗教保守であることが実は中道的な位置づけになる現代の保守勢力図も見え隠れするのである。つまり旧来の財政保守は、いわばエスタブリッシュメントであるからトランピアンに受け入れられにくい。その逆も真である。今回も1人目の議長候補であったスカリーズは財政保守派であったことからトランピアンに反対されて議長になれず、2人目のジョーダンはトランピアンであったから、逆に旧来の財政保守派に返り討ちにされた。3人目のエマーは特にキャラの立たない人物だが、トランプにすり寄る際に手順を誤って嫌われ、投票前に自ら立候補の辞退に追い込まれた(後述)。4人目のジョンソンは唯一の宗教保守であり、彼だけが他のどの保守派からも反対票を受けなかったのである。


議長の仕事は大統領とは違って、自らの主張で議会を支配することではない。ジョンソン個人の考え方で議会が神権政治に向かうわけではないのである。党内各派が最低限納得できる落としどころを探して票固めし、民主党と駆け引きしていくのがその仕事である。


読者はRINOという言葉をご存じだろうか。知らないと今のアメリカ政治は分からない語彙の1つである。Republican in Name Only(名目だけは共和党員)の略で、犀のrhinoと韻を踏む。個人演説会で、極右系の聴衆からライノー!ライノー!の怒号が飛び交うと、理屈も定義もへったくれもなくその候補はもう終わりだ。マイク・ペンスはRINO!とTraitor!(裏切り者)の2つの蔑称に根負けして撤退した。3人目の議長候補だったエマーが辞退する羽目に陥ったのも、トランプがSNSで「エマーはRINOだ」と書いたからである。それほど今どきの共和党議員たちはRINOと呼ばれないように、びくびくしなから生きている。しかし、神聖な神の国アメリカをと訴える宗教保守だけは別格で、まずRINOと呼ばれることはない。このような叩かれにくさ、テフロン加工のような弾く力を武器に、宗教保守は職務に専念できる。


以上のようにジョンソンは有利ないくつかのプロパティを有しているので、議長として案外適任であり、おそらく安定性もある。むろん与野党伯仲(435議席中、共和党はかろうじて過半数+3)の不利は変わらないが、マッカーシーが常にトランピアンの一部との軋轢に苦しんだのと比べると、情勢は融和的になり得る。


議長になる者は、伝統的に政治献金の大きな財源を持っていて、時にそれを配分して票をまとめることも求められる。大州カリフォルニア選出のマッカーシーは、大きな財布を持っていたという。新参のジョンソンの資金力を疑う声もあるが、宗教界のバックを持つことで、必要なら資金を上乗せすることも可能と考える。

バイデンや上院民主党との関係は

バイデン民主党には、非常に手ごわい交渉相手が登場したと筆者は考えている。ジョンソンは法廷で、一見無理と思われる論でも通すことを生業としてきた。低い、ビブラートの利いた声で、ゆっくりと冷静にしゃべる彼のスタイルは、筆者が聞いても説得力がある。見た目もお利口さんであり、陪審員をやんわり口説いて、全員を自分の落としどころへと向けて誘導するスタイルだ。例えば2番目の議長候補だったジョーダンは、同じく弁護士出身で、早口の見事な弁舌でアジる能力には感心するが、それが薄っぺらく見えて反感も買いやすい。ジョンソンは口撃されても、逆上して失言したり、ころころ言うことを変えたりはしないタイプだ。


また宗教保守であるため、温和に見えて原理原則において融通は効きにくく、頑固であろう。ギブ&テイクでディールをまとめるような交渉には、乗ってこないかも知れない。ホワイトハウスも今回、ジョンソンとはどんな人間かと大慌てで調査したようだが、議員経験は短くともまずは侮れない相手と判断したようである。


筆者には、共和党はますます20世紀的近代保守から、19世紀的宗教保守を核とした政党に、退行しているように思える。さらに今はその上にトランピアンの、反エスタブリッシュメントのスパイスも振りかけられている。子供の喧嘩のような議長解任と選出の騒動を振り返ると、政治の劣化は日本だけの問題ではないとの思いを強くする。


下院議長は、大統領と副大統領にもしものことがあった場合に、後継大統領になるアメリカで3番目にエラい人であり、コース的にも将来の大統領候補になりやすい出世ポストである。そこにまだ50代になったばかりの宗教保守派が就いたことは、日本での報道はいざ知らず、いろいろな意味で時代を画する出来事だったと筆者は考えているのである。

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