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できれば書きたくなかった話

更新日:8月21日


昨年末、日産とホンダの合併の話題が一気に広まった。日本の乗用車メーカーが実質的に2社になる流れについては、読者にも驚きはないだろう。米ビッグ3を見れば、GMを構成するビュイック、シボレー、キャディラックなどの「ブランド」は元々はそれぞれ別々の自動車会社だったし、フォードとリンカーン、ステランティスのクライスラーとダッジ、ジープも同様の関係である。


その歴史に鑑みれば、合併のコスト削減効果を十分に得るため、単にプラットフォームやソフトウェアの共有化のみならず、広範な車種の共通化(バッジの付け替え)というところまで、いずれ話は進んでいくと思う。アメリカではポンティアック、オールズモビール、マーキュリー、プリマスのように今世紀に入って消滅した伝統あるブランドも多いから、現在の乗用車生産8社のうち将来ブランド名としてすら残らない会社も出てくるかも知れない。それほど今の競争環境は厳しいものだ。

日本自動車業界の本当の問題は海外生産

日本では昨年、性能試験での不正が発覚する不祥事があったり、台風で操業停止があったりしたので、自動車の生産台数がマイナスに終わったことはご存じの通りである。不祥事に企業文化の劣化、慢心が表れているとの声もあった。確かにそうだろう。ただ実はそんなことよりも知られるべき困った問題がある。昨年の8社生産は、確かに国内生産において不祥事などで谷をえぐっているが、本当の問題は海外生産が低下し続けてきたことなのだ(図A)。


思ったように生産できなかった言い訳として、トピック報道中心のメディアでは不祥事、台風、人手不足が挙げられて、国民は何となく納得してしまっているのかも知れないが、そう言った国内事情には直接関係のない、しかも今や屋台骨となっている海外生産が、時間と共に減っているということは、もっと恐ろしい。これはすなわち「商品力」の相対的低下が発生している可能性を示唆しているのではないだろうか。筆者はそこに今回の日産・ホンダの合併の本質を見ている。


図Bは世界の自動車販売台数の推移である。青線の中国市場が勢いを得たことは昨年12月17日号のハイライトだったが、実は赤線のアメリカ市場も足元は大きく伸びている。日本の最大顧客アメリカの需要が伸びているのに、この日本メーカーの右下がりは何なのだろう。国内からの対米輸出も円安で伸びているどころか、海外生産同様に漸減している(図C)。海外生産も輸出も減っている理由から、商品力の相対的低下を排除する合理性はないような気がする。

コロナ下のテスラ試乗

2021年6月8日号『アップルカーという目くらまし』(添付)で、前年の夏のコロナ自粛ムードの中、こっそりテスラの試乗に行ってきた話を書いた。そこでのポイントは、日本は報道であれ、実際の登録台数であれ、まるでテスラが存在しないような社会になっているが、世界ではブームになっており、実際に乗ってみたら驚くべき未来性があって、日本人がそのことを知らないのは非常に危険ではないかと言うことだった。日本は正常性バイアス(自分にとって都合の悪い情報を無視したり過小評価したりするという認知の特性)が強い国である上に、知識階級でも英語の壁が厚い。


それから4年弱が経過し、さすがに昨今はテスラの脅威を知らない者はいなくなった。ただ日本では依然としてテスラは全く普及していない。米中はもちろんのこと、東南アジア、オセアニアでも街中を結構な数のテスラが走っているのが当たり前になったが、日本市場の保守性は際立っている。


前述の号では共通点の多い韓国と比べたが、2020年の日本でのテスラの販売台数は1,885台以下、韓国では11,826台だった。4年経って2024年になっても、日本は11月までで4,920台以下だが、韓国は29,750台になっている。「以下」としてあるのは、日本の輸入車統計ではテスラは「その他」に含まれており、これらの数値は「その他」の数値だからだ(「その他」はほぼテスラと言われているが)。韓国の市場規模は日本の1/3程だから、日本では韓国の数値を3倍したくらいの台数(年間約9万台)が売れていても不思議ではないのであるが、実際はその1/20ということになる。

テスラ・オーナーになって3年で感じること

さて、2020年に試乗して惚れ込んだものの、筆者はModel 3の購入を先送りした。最大の理由は、後発のModel Yから先発のModel 3への技術の遡及導入(retrofitting)…すなわち新しい熱処理システムであるOctovalve、マトリックス・ヘッドランプ、12V鉛蓄電池の廃止、UIのAMD Ryzenプロセッサ化、側面2重ガラスの導入などが2021年の秋になったからである。ソフトは後からどんどん改良されるがハードは変わらないので、自分が求める仕様になるのを見極める必要がある。


テスラの価格は市況に合わせて上下する。2022年が明け、程なくしてウクライナの戦闘が始まり資源価格が高騰し始めたところで、筆者はいよいよ判断を迫られた。この価格帯の車は筆者にとって相当の背伸びなので、一大決意が必要だが、待てばますます手が届かなくなる。即決で2月末に超長期ローンを組んで購入した。筆者が購入した直後から、価格は最大145万円も値上がりして700万円を超え、今でも60万円ほど高い状態だ。日本メーカーのように価格維持が顧客への奉仕という発想はなく、自己責任で買い時を選ぶ株式投資に近い。筆者はラッキーだった。


さて、実際に約3年間乗って言える最も重要なメッセージは、これが物好きが乗る実験的な車ではなく、まったく実用的でガソリン車を今すぐ完全に置き換えうる車であると言うことだ。もう二度と内燃機関には戻る気がしないというのが、筆者や運転する家族の意見である。たまたま拙宅を訪問した投資家さんにも、例外なく驚嘆して頂いている(と思う)。そして、こんな日常風景こそが日本で最も語られていない部分であるような気がする。

Range Anxietyは本当にゼロ

人がEVを買わない一番の理由は、電池が持たない、切れたら絶体絶命、と皆が思っている、あるいは思わされている点にある。これを英語ではRange Anxiety(距離不安)と言う。新車のEV比率が2割を超えるような国では不安が薄れて価格が主な争点になるが、1-2%の日本ではRange Anxietyがまだ社会の通念となって購入を阻んでいる。多くの人は街でEVを見ても、電池切れたら大変だろうね、よく頑張って乗るね、と思っているのではないだろうか。筆者もユーザーになるまでは、常に充電のことばかり考える生活を予想していた。ただ、そこが良い意味で一番の誤算だった。


テスラのModel 3はバッテリー容量は77kwh程度とライバル対比特に大きくはない(=低コスト)が、前述のOctovalveなどによって非常に実電費が良い。従って、実際の筆者の3年間の通算平均電費145wh/kmで計算すると、満充電で77÷0.145=531kmも走る。ここは山間部なのでそれくらいだが、関東平野なら電費は130~140くらいで済むのではないかと思う。


EVの電費は、かなりの部分がエアコンで決まる。日本のEVだと距離を稼ぐために我慢してエアコンを切る話がよくあるが、テスラはOctovalveの効率が高いので、筆者は3年間、春夏秋冬を通じてエアコンを1度も切ったことがない。常にON、22℃設定で快適に走っている(切り方すら知らない)。


トヨタが1度は発表した16車種のEVを、一部を除いてすべて開発停止した理由として、テスラのギガキャスト技術(低コスト化)に加えてこのOctovalveを挙げ、より競争力のある車両を開発する必要があり、設計からやり直す必要性を感じたからと報道されている。この革新的技術に興味のある読者は、Octovalveでネット検索されたい。


不思議なのは時間差だ。Octovalveを搭載したModel Yの納車が米国で始まったのは2020年3月で、イーロン・マスクがYoutubeでModel Yの2つの革新(ギガキャストとOctovalve)を力説したのが2020年4月であったのに対し、トヨタがEV16車種を一気に発表したのは2021年12月、逆にそれをほぼすべて引っ込めたとの報道が2022年10月である。随分と時間差があるのである。トヨタはギガキャストやOctovalveが登場して2年近く経ってから、なおも従来型のEVを堂々16車種も発表し、更に1年近く経ってからようやく引っ込めたことになる。発表後の撤回はかっこ悪いし、筆者の目には随分と間の抜けた話に映る。テスラ技術のフォローが足りなかったのか、意思決定に時間がかかり過ぎるのか、どちらにしても良い話ではない。


ついでにエコノミーを。自宅で深夜電力で充電すると、1kwhあたり17円弱だから、1km走るのに17×0.145=2.4円ほどしかかからない。ガソリン車なら1kmあたり10円程度はかかるだろうから、10万km乗れば100万円に近い桁の差が出る。テスラModel 3は購入時は高いが、燃料、税、補助金、その他のメンテナンスコストを含めたライフタイム・コストではカムリより安い(購入時の筆者計算)。ただ、自宅に充電器を置き、安い深夜電力で充電できるように電力会社と契約する必要はあり、集合住宅ではEVはまだ不便であろう。

例えば長野から房総へ往復した場合

1充電で500km走るとなると効果は甚大で、筆者の住む長野県中部を起点にして、例えば以下のような案配になる。90%充電した状態(SOC)で自宅を出発、上信越道、関越道、外環・首都高羽田経由で川崎からアクアラインで木更津に着いてもまだ43%残っている状態。木更津スーパーチャージャーで19分かけて73%まで高速充電して、外房御宿、勝浦、鴨川を1泊2日で回り、翌日木更津に戻ると39%になっている。33分で90%まで高速充電して、同じ道で長野の自宅に戻ってもまだ37%残っている…つまり2日間これだけ走り回っても電池切れの危機感はまったくない。以上はサード・パーティーのアプリを使って実際に記録した数字だ。


この3年間で東京はもちろん、新潟、能登、福井、大阪、名古屋、伊勢、房総など3万5千キロ走ったが、90%以上充電したことも、10%以下になったこともない。Range Anxietyはテスラに関しては存在しないと言って良い。しかも今はテスラのカーナビが、途中のスーパーチャージャーを必要に応じて自動的に組み入れて案内するようになったので、別途充電計画を立てる必要すらない。繰り返すがこれがユーザーになって一番の驚きであり、知的収穫なのである。


充電は日頃はすべて自宅で行っている。外での充電は長距離旅行の時だけだが、スーパーチャージャー近くのコンビニ、カフェやショッピングモールでゆっくりするなり、食事するなり、車内のスクリーンでNetflixを見るなり、マリカーするなりして過ごせばいい。20-30分ほどの休みは、寝なくても眠気防止に繋がり、実際食事には短いくらいあっという間である。そもそも日頃ガソリンスタンドに行かない分の10-20分を積み上げれば、人生トータルで時間的にはむしろ節約になっている。1充電で1,000km走る必然性(トヨタの目標)はまったく感じない。無駄に遠大な目標を立てるより、トヨタは早くまともなEVを出すべきだと思う(後述)。


ただ、これが航続距離の短いEVで、日本の低速充電網を使うとなると話がまったく変わってしまう。日本の低速充電では30分で距離100km分ほどしか継ぎ足せない。100kmごとに30分の充電を迫られるのでは長距離は苦しいはずである。以下は、EVsmartが2022年に東京→青森で実験した長距離走行の比較だ。テスラは充電時間、回数だけでなく、電費の良さも際立っている。現在では青森にもスーパーチャージャーがあるので、テスラが1位になるだろう。

(トヨタとの問答も面白いのでぜひ最後まで)


まだまだ実験的な日本のEVの目線でEVというものを語ってしまうと、テスラであれ、BYDであれ、十分に実用的になって売れている米中の先端EVに気づかないまま、日本は時代に大きく遅れてしまいかねないわけだ。

ハードウェアとしても優れる

BMW 3シリーズを仮想敵にして設計されたテスラModel 3は、どこまでも静かで滑らかで、ボディ剛性も高くミシリとも言わない。回頭性が良くハンドルをちょっと切るだけでタイムラグなく鼻先が向く。旋回性も高くピタッと路面に吸い付くので、峠道もハイスピードで抜けられる。アメ車なので室内は入ると結構広い。世界中の自動車メーカーから、もっと面白いことがしたいと思ってくすぶっていた若手技術者を集めたら、新参メーカーでもここまでできるのか、と驚嘆する。EVなんだからここは我慢してね、が1つもない。


前輪後輪それぞれにモーターがあり、馬力換算では394馬力、回転数0から52.1 kgf・mのトルクがあるので、停止状態から時速100km/hになるのに4.4秒しか要しない。またどんなに猛加速しても静かで、エンジン車のように一気に燃費が悪くなることもない。4WDのモーター制御が秀逸(エンジンに比べて有利)なので、信州の雪道登坂でも滑らない。何より電化製品なのでこれまで1度も故障したことがない(異音は1ヶ所だけあり、巡回サービスマンに消してもらった)。外見は窓枠のないセダン(ハードトップ)だが、実際はほぼ最新のスーパースポーツだと思って乗っている。


最近やたらSDV(Software Defined Vehicle)と言う言葉を聞くようになり、ソフトウェアの出来がEVの出来を決めるような論調が強い。それも事実であり、そこでの日本の遅れは誰の目にも決定的だが、実はハードウェアを見ても日本の優位性がもはやないことは、併せて決定的だと嘆く。


すべてタッチパネルなので操作しにくいというレビューも見るが、それはちょっと試乗しただけの評論家の発想だ。快適装備はすべて自動である上に、敢えてする操作も慣れると音声認識で行うようになるので、パネルはあまり関係ないのだ。例えばトンネルで「循環」と言えば、内気が循環するようになる。


他にも、自動運転、電池の劣化抑制(1万km走っても1%程度しか劣化しない…カタログ上は長距離でも数年で半減しては意味がない)、故障時の巡回サービスマンなど、テスラの考える総合エコシステムを書き出すときりがない。ただ、ともすれば愛車自慢と勘違いされそうなのでこの辺で止めることにしよう。今回はガソリン車と比べてまず自動車として何ら遜色なく(実際それ以上であり)、キワモノでも何でもないことを具体的に示したかったのである。「EVは未来ではなく、とっくに現在なのだ」ということだ。


そして毎月のようにソフトウェア的に進化しているこれら先端EVと日本勢は闘わなくてはならない。だが、ここまでの開きを体験すると、筆者はトヨタですら追い付くのは大変だろうと思う。先端EVに気づいていない日本市場では時間稼ぎできるとしても、bZ4XのみならずVWやメルセデスなどのドイツ勢を含めて、プラットフォームを少しいじって床下に電池を詰め込み、エンジンの場所にモーターを置いて、液晶画面を並べただけのEVでは、今の海外誌のレビューでは高評価は得られない。電費が悪いと、距離を稼ごうとすれば電池をたくさん積むので価格が上昇するし(メルセデスやポルシェならそれでも良いが)、価格を下げると距離も縮んでしまう。その先、ソフトウェアとの十分な融合まで考えれば、なおさら道のりは遠い。

ハイブリッドが復権?

日本では、「EVが売れなくなってハイブリッドが復権」とか、「テスラの販売台数が通年で初のマイナス1.1%」とか、「反マスクでテスラEVを手放す人が続出」とか、聞き心地の良い話ばかりが流れるが、いくらそう言ったところで3年、5年と見越せばEVの普及が不可逆的に進むのは明白であろう。


ただ、前述の東京→青森レースが示すように、テスラ(と一部中国勢)以外のEVは電費が悪すぎ、まだまだ実用性に欠ける。目新しさが一巡した後は、伸びないのも仕方ない。敢えて言えば、日本車で魅力があるのは割り切った日産サクラか。


テスラは現状ほぼフル生産(計算上のキャパシティは230万台、実生産は180万台)に近く、工場やラインの増設、および車種を増やさない限り、大きくは台数を伸ばせない。中国車はまだ先進国ではチョイスになりにくく、その先には高率関税の懸念もある。EVの伸びが止まったように見えるのはたまたまそういう状態だからであって、部品点数の多いハイブリッドに未来が戻ってきたわけではあるまい。

部品点数の圧倒的に少ないEVは、電池のコストが下がるほどにますますぼろ儲けとなり、利益率格差は開いていく。その巨額の利益をもってテスラは世界のリチウム鉱山を物色し、テキサス州に自身のリチウム精錬所も建設中である。筆者は自動車会社の経営者でもないのに、先手先手の速さに慌ててしまう。


そもそも図A黄線が示すように、日本車は世界生産で2024年にテスラより大きな6.4%マイナスだったのである。本当にEV失速・ハイブリッド復権なら、もっと良い数字でもおかしくないのではないか。謙虚にスピード感を持ってEVに向かうべき時に、EVへ向かう経営判断が間違っていたかのような国内報道は、単に有害でしかないと思うわけである。


ご存じのように筆者はマスクのファンではないし、その政治的活動にも矛盾した極めて複雑な感情を抱いているので、テスラ・オーナーであることをなるべくなら隠しておくつもりだった。年初の今号ではそれを覆し、できれば書きたくない話を書くことになったが、ある意味これは3年乗った自分にしか書けないことだと思ったからである。そして敢えて言わせて貰うなら、筆者がModel 3を買った時点では、マスクはまだ共和党支持者ではなく、もちろんトランプ支持者でもなかった。ただの変人だったのである。

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