藻谷 俊介

2月19日4 分

次は利下げと決めてかかっていると

アメリカのCPI動向を景気分析の中核に据えるような世間の習わしには違和感を覚えつつも、筆者も毎月の定点観測の対象にはしており、この週報でも隔月に1度くらいの頻度では報告してきた。前回は昨年12月なので、あまり間が開かないように今月も見ておこう。

先週発表された1月分の米CPIだが、全体としては、利下げを期待させる状況ではないことがますます明らかになった、と言うまとめで正しいと思う。そのことは昨年から筆者が繰り返してきたことなのでもちろん違和感はないのだが、後述するように、今回は逆に利上げの可能性も論じ始めるべきかと思わせるような変化もある。

まず、全体としての物価推移だが、図Aが示しているように、1月になって何か新しい変化が起こったわけではない。これまでも赤線のわずかなアップダウンの度に、さも大変化があったように思わせてきたのは市場を揺らして儲けたい勢力の人たちや、ニュースが欲しいメディアの人たちであって、敢えて指摘すべき変化は、一昨年2022年の6-7月にCPIが大屈折して以来はなかったのである。

末端の今回1月もまさにそうであって、結局は3%程度の強くもなければ、弱くもないインフレが続いているという状態である。筆者が昨年の過度の利上げにも、利下げにも反対してきた理由はそこにある。むろんマーケットとしては一番困るのが、こうしたどっちつかずの中途半端が続くことなのだと思うが、数値上はそれが現実なのである。

薄青のトレンド線は一直線に見えるかも知れないが、指数回帰で計算しており、実際はわずかに反り返って定率で伸びている。

インフレの基本構造は変わっていない

次に、次頁表Bで12月から1月への中身の変化を見てみよう。赤く示した数字がリアルタイムのインフレ率(季調前月比伸び率の3ヶ月平均の年率換算値)である。

総合が1.7%から2.8%へ大きく伸びているように見えるが、これは先月がエネルギー価格の修正によって低すぎただけで、2.8%でも図Aの中期平均3.3%よりは下であるから、心配する話ではまだない。

食料、エネルギー、コアの3大カテゴリーでは、食料は変わらず、エネルギーが大きくプラス(-17.0%→-9.5%)、コアもプラス(+3.3%→+3.9%)になっている。

コアのプラス要因を分解すると、財は若干マイナスとは言え大きな変化はなく、サービスがプラスだ。そしてそのサービスのプラス(5.2%→6.0%)は、ほぼ家賃(住居)のプラス(5.1%→6.0%)と見合っている。が、今回はさりげなく「それ以外のサービス」のインフレも4.4%に達し、全体に対して0.17%ほどのプラス寄与をしていることが分かる。

総じて言えば、サービスのインフレは、家賃のインフレと見合う形で継続しているが、モノのインフレは低位で安定しているという昨年後半のパターンが続いている。従って、繰り返しになるが、1月に何か大きな変化があったわけではなく、金融政策が今大きく変わらなくてはならない動きはなかったと判断している。

ただし「それ以外のサービス」には注意

しかし、筆者には上で述べた「それ(家賃と自動車保険)以外のサービス」のインフレ率がリアルタイムで4%を超えてきたことが気になっている。これは2022年10月以来1年半ぶりのことだからだ(図C;表Bの最下段を時系列で表示したもの)。

読者がご記憶であれば嬉しいのだが、昨年の筆者のFed批判の核は、実際にインフレなのは家賃と自動車保険であって、Fedが言うような賃金プッシュによるインフレは見当たらないと言うことであった。不動産と保険は、人手不足でインフレになるような業種ではない。より労働集約的な「それ以外のサービス」にインフレがないのであれば、人手不足は原因とは言えないと述べてきたのである。実際、図Cは昨年夏場に一瞬デフレ領域に入るほどまで弱かった。

図Dは、図Cにサービス業の時間賃金上昇率を重ねたものである。サービス業の時間賃金上昇率は、欧米コロナ明けの2021年こそ高かったが、それ以降は長期低下を続けており、それは概ね赤線の動向とも合致している。赤線の22年5月の鋭いピークは、エネルギーや材料費(飲食店なら食材)の値上がりによる一過性のものだろう。

ただ、まさにそれが昨年の筆者の主張であったからこそ、逆に今は心配になる。図Dは、ひょっとすると今になって揃って上昇し始めたかも知れないからである。つまり去年の今頃Fedが主張していた賃金プッシュの亡霊が、時代変わって適用可能になってきたかも知れないと言うことになる。

家賃と自動車保険のインフレも、労働需給には関係ないとは言えずっと年率5~6%を維持しており、それはそれで執拗である。それに加えて、賃金インフレを伴った本物のサービス・インフレがいよいよ始まるのならば、筆者も今度は利上げに反対できないかも知れない。

どちらにしても、そもそも不景気ではないのだから、ハードランディングもソフトランディングもなく、利下げもないという筆者の昨年からの主張は、当面は維持できそうである。そして図Dの動向次第では、次は利下げと決めてかかっている市場を驚愕させる展開もあり得ると考えている。