藻谷 俊介

1月26日4 分

株高の裏で

昨年最後の12/30号で、サービス業による景気牽引が続く中で生まれた、日本は製造業をもはや必要としないかのような雰囲気に懸念を表明した。そこでは主に製造業に焦点を当てて、知財重視とされるアングロ=サクソン諸国ですら、日本よりも製造業がきちんと働いていることを図示したが、筆者の懸念は新年に入っても形を変えてまだ続いている。

新年の問題は、サービス業の方である。実は、年が明けて発表された様々な統計に、インバウンドを中心に、急速にサービス需要が冷え込み始めた様子が示されているのである。製造業に火が付かないまま、サービス業も沈降すれば、ベアが何%になるか、日銀はいつゼロ金利を解除するかなどと言うエコノミスト達の「当てゲーム」は意味を失う。それらは景気は何となく良いことを前提にしているからだ。しかし、待てば待つほど実質賃金の増加は難しくなる可能性だってあるのである。

図Aは、日本の2大生産統計である鉱工業生産(製造業)と第三次産業活動指数(サービス業)を、四半期ベースで単純に並べて表示したもので、12/30号でも表示した。厳密には、これ以外に農業、建設、公務の生産も存在するが、国内の生産活動のほとんどはこの2本の線に含まれていると考えて良い。そして図Aはどちらも実質生産であり、インフレによる見かけ上の増加を含まない。

12/30号で述べたように、今回の回復局面において製造業の生産量はほとんどまったく伸びていない。回復はそのほぼすべてがサービス生産の増加であったわけである。ただ、そのサービス生産にしても、実質では過去を上回るような水準に達したわけではない。あくまで円安などによるインフレがもたらした価格効果で業績が改善しただけで、日本人の活動量ないし生産性が新次元に入ったのではないことは認識しておくべきである。

第三次産業活動指数の連続急落

そして19日に発表されたばかりの11月の第三次産業活動指数が一段と悪化したために、図A赤線は12/30号に添付した時と比べて、一段と折れてきている。

このサービス生産の後退は、幅広い業種が原因となっているが、やはりここまで牽引してきたポストコロナ需要関係の失速が顕著である。図Bは第三次産業活動指数の一系列である「外人旅行」で、それ自体のウエイトは大きくないが、純粋にインバウンド旅行の実質取扱量を示しているので推移を見る上で重要なものだ。グラフはある程度頭打ちで推移した後に、11月にかけて急速に低下している。同じ第三次産業活動指数の内訳でも、宿泊や飲食はまだ顕著に下がってはいないが、やはり強い天井感がある(図C~D)。

例のインバウンドなどによるインフレの話(12/6号)は、その後どうなっただろうか。豈図らんや、これも落ちてきている。図Eはリアルタイムの外食+宿泊のインフレ率を見たものだが、昨年前半に比べると、その勢いは半減してきている。もちろん年率7.3%でも大きいが、実質需要が減退する中で遅行的な値上げを続ければ需要はますます減少するだろう。そうすれば値上げもできなくなる。

旅行収支はどうだろうか。図F赤線が日本の受け取り分であるが、今のところ減ってはいないように見える。しかし、国際収支統計は円ベースの名目値である。旅行関係費用の特に大きなインフレを除いた実質で見れば、図Fは確実に減ってきているはずである。

ポストコロナ特需は終わった公算が高い

こうした推移は、いよいよポストコロナ特需が一巡してしまったことを示している公算が高い。飛行機が普通に飛ぶようになり、人々は引きこもりから爆発的に飛び出して活動を再開したが、差し当たっての漂泊欲求への充足感を得たところで、そろそろ一旦飽きてしまったのかも知れない。航空運賃も、宿代も、何もかもよく考えてみれば高過ぎる。半好況だから実質所得の伸びはまだ弱く、財布の底も浅い。こうした比喩は、何も外国人の海外旅行だけの問題ではなく、日本人のちょっとした娯楽や外食や消費行動にも通用するはずだ。それがサービス生産全体(図A赤線)の大きな折れの原因ではなかろうか。

そこで否応なく期待されるのが製造業へのバトンタッチであるが、これがまったく進まない。製造業の時代は終わったと言うのはたやすいが、現実に今日明日を生き抜くためには、製造業の再活性化が不可欠なのである。

ここで述べたのはいずれも先週から今週にかけて発表されたばかりの統計で、株価が上昇するのを横目で見ながら、筆者は逆に不安な気持ちになっていたのである。この一番そびえ立ってきたサービス生産が伸びなくなれば、ましてマイナスになれば、日本経済は果たしてどうなるのかと。ただ、市場は実質賃金VS植田日銀一本槍になっていて、サービス生産など恐らく見てもいない。そもそも日経は、捉えどころがつかみにくい第三次産業活動指数の報道を、一年ほど前から止めてしまっている。こうした状況は昨年の米CPI一本槍の世論形成と似て、非常に危ういと考えてしまうのである。