藻谷 俊介

2020年10月26日6 分

厳しい米中対立は続くのか(シリーズ中国5)

最終更新: 2月4日

昨年12月のシリーズ中国4(ツキディデスの罠)では、次回は欧中関係を視野に加えると書いたが、その機会を得ないままコロナ時代に入ってしまい、気がつくと米大統領選は目前である。コロナ克服でトランプ再選に弾みが付くという一部の期待に反して、トランプの異常なまでの元気アピール、幼稚に見える強がりがむしろ災いし、今のところトランプはかなり不利に映る。民主党側にも前回のような油断はないので、バイデンの勝利が相当の確度で織り込まれてきたと言えるだろう。そこで、シリーズ5では米中関係に留まってもう少し議論を続けることにした。

仮に大統領が替わると、何が変わるのか。こうした議論の中核は来年1月20日に政権移譲が確定してから(トランプはバイデンが勝っても、そんな選挙結果はフェイクであり、ホワイトハウスは譲らないと内戦まがいのことまで言っていた)にするとして、もはや日本ではコンセンサスとなっている「バイデンになっても厳しい米中対立は続く」と言う議論に関して述べておきたい。

私も両国民にはこの間(貿易戦争からコロナまで)の感情的なしこりがあるので、簡単に嫌悪感のボルテージが下がるとは考えていない。ピューの20年夏の最新調査では、アメリカ人の73%が「中国は好ましくない」という意識を持っている(表A)。またバイデンにしても、トランプの置き土産は外交上のアドバンテージになるので、例えば一方的に対中制裁のバーを引き下げるのではなく、中国から何かを引き替えに得ようとするはずである。何より弱腰は不人気に繋がりやすい。そして外交というのは、常に現状を起点にするものであり、単に昔に戻すと言うのも簡単ではないのである。従ってそれなりの交渉時間は必要で、急速に米中対立が収まることはないと言うのは順当な読みである。

選挙期間中に対中強硬なのは当然であって…

とは言え、この選挙戦中に対中強硬路線を示すのは、得こそあれ、損は一つもないのだから、今はバイデンであれ誰であれそうするはずである。問題は本気かどうかだ。「バイデンになっても厳しい米中対立は続く」と言う議論は、ウォール・ストリート・ジャーナルやフィナンシャル・タイムズのような比較的保守的な経済メディアが中心になって流しているもので、幾分政治色を感じないわけではない。そもそも国民の意識というのは操ることができるものだ。表Aのピューの調査も、貿易戦争の前、2017年には47%だった。トランプに中国は敵だと言われるうちに、ここ1~2年で「そうだそうだ」と急速に敵愾心が湧いてきた面はあるのである。恐らく同じことは中国国民の対米意識についても言えるだろう(中国に経時的、客観的な世論調査はないが)。つまり、数年の時間をかければムードは戻すことも可能と筆者は思っている。

この点では、同じピューの調査において、2012年以降、「中国は好ましくない」がほとんど80%を下回ったことがなく、時に90%を超える日本は、西側諸国の中では極めて特殊である。その目線で米中対立を考えると冷静さを欠く可能性は高い。メディアに頻出した「トランプさん」という呼称も含め、先進国中では特異にトランプに親しんだこの国のメディア環境を背景に、多くの日本人は米中新冷戦が所与のものと心のどこかで考えているのかも知れない。

日本政府が反中仲間と頼むオーストラリアも、反中姿勢のモリソン現首相が2018年8月に首相になる前の17年の調査では、中国は好ましくないはたった32%だった。18年に47%、19年に57%、今年は81%とモリソン政権下で急速に反中意識が高まったのである。逆に言えばこれも時間をかければ戻り得る。

筆者が見るワシントン・コンセンサスの実相

かつてのアメリカには外交はbipartisanで進めるべきという観念があり、今も叶うならそれが求められる土壌はある。民主~共和~と政権が代わっても外交方針は安定的であるべきで、つまり二党の最大公約数で外交政策を決定することが望ましいと言う考えである。

実際はトランプによるアメリカ大使館のエルサレム移設など、政権が勝手に行う外交で、コンセンサスが安易にひっくり返ることも多い。あくまで一つの観念である。

これと、表Aの高い反中意識を結びつけて、反中であればワシントンにはコンセンサスが構築可能で、bipartisanで行けるという思い込みのようなものが一部の世論に感じられるようになっている。チーム・バイデンの外交アドバイザーであるカート・キャンベルとジェイク・サリバンまでもがForeign Affairs誌9-10月号でそのことを述べたので、メディアが飛びつき、「バイデンも反中」と言うイメージが一気に形成されたのである。

しかし、それは文章の表現を取り出したものであり、キャンベルはオバマ政権時代にそうであったように、依然として中国とは共存繁栄志向である。チーム・バイデンには、一説によると200人近い外交アドバイザーが手弁当で公職を求めてひしめいていると言う。今、前述の二人を含めその中でも特に頻繁に名前の出るトニー・ブリンケン、ミシェル・フロノイ、スーザン・ライス、アヴリル・ヘインズなどは皆オバマ政権のスタッフであり、米中関係重視、イラン核合意締結はじめその実績は国家間の合意の追求にある。そもそもバイデンは副大統領時代の2012年に、米国を公式訪問した当時副主席の習近平のホスト役を務めたし、2015年にはバイデンが主席となった習近平を公式訪問している。いずれも特に中国マフィアではないが、ポンペイオ、ペンスのように「イデオロギー的に反中」ではなく、是々非々で進む外交チームとなる可能性が高い。バイデン自身も典型的な是々非々議員人生を歩んでおり、アクは強くない。

筆者も含め、誰も現時点からオバマ時代の対中外交に戻るとは思っていないが、少なくともトランプ政権の対中強硬路線からは、かなり時間を遡上したものになると想像できるのである。

ビジネス界なども当然和解に動き出す

もう一つのドライバーは、ビジネス界の動向である。米中対立(なかんずく貿易戦争)はプラットフォーマーやテック業界に限らず、製造業を含む多くの米企業にとってマイナスでしかなかった。バイデンが椅子に座るや否や、いやすでに今から、この勢力はロビイングを開始しているはずである。

また、日本とオーストラリア以外の東アジア諸国も、米中対立には一分の利なしとして外交的要請を開始するはずだ。バイデンは国際機関や同盟国との信頼を再構築することを外交の根幹に置くと言っている以上、これら多数派のアジア諸国と接すれば接するほど、アジア域内に対中包囲網がそれほど出来上がっているわけではなく、伝統的に近しいとは言え日豪の置かれた政治的な特殊性に気付かざるを得ないことになると思う。ここ10年で存在感を増したそれらの声を無視して、オールドタイマーたる日米豪だけで組んで対中包囲網という方向性は、効果に乏しく最も考えにくい。

筆者は、2018年4月12日号『 ティーパーティーとネオコンの融合が生む冷戦』で、まだ国務長官になる前だったポンペイオの強い反中姿勢などを指摘して、今日を予想した。その意味では、それを言い続けても良かったのだが、その後の世論が「新冷戦」真っ盛りになっていくのを見て、その弊害も感じるようになった。そこで、同年10月5日号『 米中関係について』では、冷戦を志向していない勢力がたくさんあることも指摘し、かつての米ソ冷戦のような本気の総力戦ではなく、嫌がらせの応酬に留まる可能性を指摘した。今はそう言う形で一旦幕引きとなって欲しいと願うだけである。11/3のことはまだ本当には分からない。