藻谷 俊介

4月25日5 分

利下げがないと経済は困るのか

今回は直接関連していない3つのトピックスを順番に論じる小品集である。

実質金利のアップデート

4月の世界的な株価の調整を見ていると、年初から徐々に修正されてきたとは言え、まだ結構な「利下げ頭(利下げの予定視)」が市場に残っていたことに気づかされる。そして、そこまで強くない景気回復(筆者の言う半好況)の下で金利が上昇し株価が下がると、景気悲観が拡がるのもたやすい。

とは言え、筆者が目先は不況を予測していないことに変わりはない。このような局面は昨年にもあったが、結局のところ高い金利(名目金利)は景気の息の根を止めることはなかった。それどころか、むしろ高金利の下で景気は回復を始めた。筆者が他に先駆けて昨年5月から分析の軸にしてきた「金利サイクルと景気サイクルのずれ」は、1年を経てまだ続いているのである。

不況を想定しにくい1つの傍証として、今回は実質金利のアップデートをしておこう。図Aは主要17ヶ国の政策金利をGDP加重で1本にしたものを、同様に計算した世界CPIを使って実質化した世界実質政策金利、図Bは図Aを政策金利ではなく各国の10年債で計算した世界実質長期金利。図Cはアメリカ単体で計算した米実質政策金利、図Dは同じく米国10年債で計算した米実質長期金利である。いずれもリアルタイム(季調前月比伸び率3ヶ月平均年率換算値)のインフレ率で計算してあるところが普通と違う。

一言で言えば、今再びインフレ率が上昇していることによって、実質金利は再び広範囲で低下している。経済に直接実効性のある10年長期金利は、現在は多くの国で政策金利より低いので、図B、図Dの実質長期金利は目安となる3%(ざっくり潜在成長率、黒線)を概ね下回って推移しており、景気に対して懲罰的ではない。見かけ上の大幅利上げでも景気が悪化しなかったのは、1つにはこのような概念で説明できるだろうし、であれば足元も特に危うくはないことになる。

社会保険料の伸びはどうなっているか

4/8号『賃金周辺を掘り起こす』では、労働参加率が増えている今の日本では、実質賃金のプラスマイナスを1人あたり賃金で見るのは昭和の廃すべき慣習であり、集合体としての家計をみるべきであると述べて3枚のグラフを示した。つまり、企業セクターから家計セクターに支払われた総額がインフレ率以上に伸びていれば、日本の総人口は増えていないのだから、国民はインフレ下でも平均的には豊かになっていると考えるべきと言うことだ。そのうちの1枚は、法人企業統計における人件費を実質化した上で季節調整した図Eであった。

ただ人件費には給与だけでなく、大きなところでは社会保険料の企業負担分や、少額だがその他の手当も含まれる。紙幅の制約でそこまで詳しくは述べなかったが、読者の中には疑義があったかも知れないので、そこをはっきりさせておこう。つまり人件費が伸びていても、それがほとんど社会保険料に回っていたのでは、消費の原資は増えないわけである。

結論から言えば、図Fのように社会保険料は確かに継続的に伸びているが、そのリアルタイムの伸び率(3.9%)は人件費全体の伸び率(名目6.5%)よりも小さい。従って、レシオ的に考えて所得の伸びはそれらよりも大きいはずであり、やはり実質で家計セクターが受け取っている所得はプラスで、即ちインフレ率を上回って伸びていると言う結論になるのである。

やはり減速している日本のコアとサービスのインフレ

19日に3月の日本全国のCPIが発表されたので、速度計のグラフを更新した。先月末に東京都区部の3月分が既に発表されているが、都区部と全国ではエネルギーなどで意外に構成比率が異なっているので、結論が異なる場合もある。今回はそうではなかったが、改めてリアルタイムの速度計グラフを確認して頂くのも悪くあるまい。

図Gが生鮮食品とエネルギーを除くコア(日本版コアコア)、図Hは財(エネルギー含む)、図Jがサービスのインフレ率である。財の部分では、昨今のエネルギー価格上昇などもあって多少加速が見られるがそれでも年率1.1%。サービスおよびコアには減速傾向が残り同1.4%。報道されている前年同月比での+2.6~2.9%などという現実はもうどこにもない。前年同月比には、社会現象のように価格転嫁が進んだ昨年のインフレがまだ算入されているため、膨らんでいるだけである。

それもあってか、日銀はこのところインフレ云々よりも円安対策に軸足を移し始めているように見える。仮に今後、前年同月比のインフレ率が2%より下がっても、円安を止めるための利上げは正当化される、と言うことだろうか。しかし、それではこれまでの言動に、あまりに無責任ではないか。そもそも図Gで日本のインフレの本流を追うなら、筆者が述べてきたように昨年から利上げを始めるべきだったのであり、そうであればこんな1ドル155円などそもそもなかったはずである。無駄に待ったことで厳しい二正面作戦を迫られているのが日銀なのである。

原理的な観点から言えば、現実の経済は常にサイクルで波動しているのに対し、こうした経済テクノクラート達の発想は常に直線延伸であることが問題の根底にあると思う。現実の経済に、待てば待つほど確実になるものなどなく、多くの場合、待てば待つほど時宜を逃すのである。

するべきと思ったらすぐにする。間違ったらこだわらず修正する。未来が分からない以上は、下手な理屈よりも正確なサーボ・メカニズム(例えばサーモスタットのようにリアルタイムで高くなればオフ、低くなればオンを繰り返して温度を保つ)の方が大失敗が少ない。

ただ、この点で昔のFedの腕前には筆者を唸らせる速さがあったが、パウエルになってからのFedは直線的でオンオフの反応が鈍く、ご承知の通り筆者は常に不満を述べてきた。国や地域を問わず、今のエリートは眼力を失い、迷走しているように感じられる。隣の芝生もそう青くない。