藻谷 俊介

2022年6月14日4 分

何とかならなくなってきたウクライナ

5/1のレポートからの1ヶ月半で一番感じるのは、世界の報道がウクライナ問題から離れ始め、一方でロシア軍の執拗な攻撃にウクライナ軍が疲弊してきたことである。もちろんロシア軍の士気の問題や徴兵の問題は継続している。ただ、ロシア軍は低い士気が低いまま変化していないのに対して、ウクライナ軍は100日以上の闘いでさすがに疲弊し、高かった士気に翳りが見え始めたように思うのである。このことはウクライナ大統領府の声明の各所に滲んでいるし、米戦争研究所の戦況地図の変化にも現れている。

ウクライナ大統領府は、最近、盛んにロシア軍によるウクライナ兵へのサイバー攻撃に言及するようになった。特に、「お前の居場所は分かっている。そこに今からミサイルを打ちこむことができる。家族の居場所もだ。」と言った位置情報を使ったかのような脅しや、「セーベロドネツクも包囲され、マリウポリのような地獄になる。」「武器を捨てて投降すれば、悪いことはしない。」と言った誘惑は、普通の神経しか持ち合わせていない兵士には応えるはずである。今はウクライナ兵個人のスマホに第三国経由でロシアの情報戦部隊からメッセージが来る時代なのである。初期のウクライナ優勢なゲリラ戦が終わって、砲撃で双方にたくさんの犠牲者が出ている現状では、これは動揺に繋がってくる。

また、こうしたロシアによるプロパガンダが、あながちはったりではないと思えるのは、最近では日本でもニュースに出てこない日がないセーベロドネツク*~リシチャンスクの双子都市について、その包囲に向けたロシア軍の第二の動きがあるからだ。第一の動きは、イジューム=スラビャンスク=デバリツェヴェ線の打通による包囲作戦だったが、これは些か長距離過ぎてロシア軍は途中で諦めた。新しい動きは、それよりもセーベロドネツクに近くて短いリマン=ポパスナ線の打通で、米戦争研究所のマップでは既にロシア軍の支配地域が、ポパスナから北西へ30キロほど伸びている(次頁)。ここが閉じられてしまうと、ウクライナ軍は逃げ場を失い、マリウポリのように市内に籠城するしかなくなってしまう。日本を含め西側メディアはロシア有利とはなかなか書こうとしないが、5/1号で既に書いたとおり、客観的に見てじわじわとウクライナは押されていることが否めない。

*セーベロは北という意味で、つまり「北ドネツク」という名前だが、ドネツク州ではなくルハンスク州にあり、親ロシア派が州都のルハンスクを占拠してからは、実質的にウクライナ側の州都として機能していた。そのためそれを失うことはウクライナにとっては精神的にも大きな打撃になる。

そして前回も述べたように、ロシア軍が前進している状況では、プーチンが継戦を諦めて和平交渉を持ち出す可能性は低い。むしろほとんどメディアには出てこないシナリオだが、ゼレンスキーが領土回復を諦めて停戦を持ち出す可能性も高まってきたのではないかと、筆者には思える。東部2州のみならず、ザポリージャ州、ヘルソン州の大半と、ハルキウ州の一部がロシアの支配下にある。時間が経てば経つほど、返ってこない領土が増えて、人命も失う。膂力に乏しいウクライナ軍は急速に疲弊しており、今は言葉としては出すことができない厭戦感が市民の間に次第に強まってくる可能性も高い。今なら、例えば、東部2州のウクライナが治めている部分と、ハルキウ州、ザポリージャ州、ヘルソン州のロシアが治めている部分とを交換する形で停戦ができる可能性もある。しかし、このまま待てば東部2州からウクライナは追い出され、交換する質を失ってしまう。ゼレンスキー大統領としては、非常に難しい判断を迫られていると認識すべきだろう。君子豹変す、もあり得る。

もちろんNATOは兵器の援助をある程度は継続するだろう。しかし、雰囲気の変化にも敏感である。そして民主主義社会への挑戦と言い続けてきた西側の世論も、しばらくすると、ウクライナが諦めるというのならならそれはそれで良い、平和が一番だ、と言いだすのではないだろうか。

インフレ率はピークアウト

最後に現時点でのリアルタイム・インフレ率を次頁で更新しておく。5/1号から大きく変化し、予想通り、5月に入るとほぼすべてのインフレ指標に資源インフレ率(図A、図D)の低下が波及し始めた。これは別稿でより広く見ていくことにする。