藻谷 俊介

2021年10月15日7 分

マクロ的には納得できないサプライチェーン問題

上のタイトルに類することは、これまでもEcoShotなどで書いてきたが、世界中で議論がますます拡散して大問題化している印象なので、改めて筆者の意見をまとめ直すことにした。それによって、筆者の現在の景気判断や、スタグフレーション懸念などへの筆者の所感を提供することにもなると思っている。

今ますますバリエーションを増やしている各種サプライチェーン問題は、2つの顔をもっている。1つは港湾業務の停滞、部品不足、エネルギー不足などによって生産できなくなっていると言う話、もう1つは人手不足によって生産できなくなっていると言う話だ。後者は労働需給の問題であり、狭義のサプライチェーン問題ではないが、「作りたくても作れない」と言う点では同じであり、もたらす結果も同じである。また、決算説明会における企業側からの言い訳という点では、視座も同じであると言って良い。

これに対して筆者はマクロ経済統計分析者として対峙する。多くの「不足」逸話があることは認めるとしても、それがマクロ統計に表れていないなら逸話に過ぎないと無視するのが、トピック解説には踏み込まない筆者の流儀である。

作れなくてちょうど良かった

ミクロ経済学的に考えると、原因は何であれ供給不足は物価の超過的上昇をもたらすはずである。しかし月を追うごとにインフレは沈静化してきていると言うのが筆者の第1にして最大の反論だ。インフレ率が減少すると言うことは、供給過多か需要不足かその両方に向かっていることを示すのであり、筆者が今回は中国発で需要不足中心の景気停滞が起こっていると判断していることは読者もご存じの通りである。「作りたくても作れない」が一部の真実だとしても、タイミング的に言うなら「作れなくて実はちょうど良かった」、「作っていたら在庫の山になっていた」と言うのが筆者の見立てとなる。

さて、そのインフレだが、ひたすらグラフを見て頂くしかないのである(図A~J)。世界、日本、アメリカ、中国…どこで見てもインフレは正常値に近づいており、そこには少ないモノに殺到する消費者の姿はない。グラフのピークは中国が5月、その他は6月だが、統計技術論的に言うと、速度計の3ヶ月スパンでのピークは現実よりも1.5ヶ月遅行するので、およそ3~5月にインフレは減速に転換したことになる。アメリカで言えば、バイデンチェックの支出ピークと重なっているので違和感はないだろう。

交易条件も急変していない

原油、CRB指数と言ったコモディティのインフレのピークはさらに2ヶ月ほど早い(図K~L)。こちらは中国経済の減速とタイミングを合わせてピークアウトしている。ただ、足元の原油価格上昇でコモディティのグラフは再び末端が上昇しており、末端が下がるCPIとの間でまたぞろスタグフレーション論も飛び出している。問題はその「程度」である。投入と産出の価格差を見るためにマクロ統計で交易条件を見ると、これも意外なほど落ち着いている(図M~N)。特にアメリカは交易条件が改善してきたし、日本や韓国もこの程度なら騒ぐ必要はない。もちろんここからエスカレートすれば危なくなるかも知れないが、筆者はまず冷静になることを薦めたい。

第2の反論は、アメリカの雇用統計である。バイデンが失業給付金の加算措置を9/6まで延長したため、アメリカでは労働者が仕事をしなくなり、雇用統計も伸びず、企業側から見ると人手が不足していると言う説明は、この間しばしば耳にした。それが終わって9月の雇用統計からは数字が大きく伸びる(給付が切れて人々が働き出す)と言う説明だったのだが、実際は9月の雇用統計は一段と低調だった(図P)。雇いたくても雇えなかったのは4月頃の話で、バイデンチェックの効力もとうに切れてしまい、ワクチン楽観論も消えて、もう雇う必要がなくなったのではないか。逸話だけが生き残り続けてきたわけだ。

誰に働かない余裕があるのか

この逸話には筆者は最初から疑念を感じていた。世界的に分配問題がクローズアップされ、ニューレフト的な政治勢力が資本主義の見直しを主張しているこの時代に、給付金があるからと言って仕事を休んでいられるような余裕のある労働者がどれほどいると言うのか。それはむしろウォール街で働く人々の発想だろうと思ったのである。

ここで筆者も逸話を提供させて頂こう。1987年に筆者はNYに赴任した。同じアパートに身なりの良い30代ほどのハンサムな紳士がいて、毎朝愛犬を散歩させていた。彼は同じく金融を業としていてウォール街でシニアなポジションに付いていた。間もなくブラックマンデーが訪れ、失業してアパートから引っ越して行く金融マン、ウーマンもいたが、彼が朝、愛犬を散歩させる姿に変わりはなかった。しばらく経った頃、筆者はいつもの挨拶がてら、お互い職があって良かったねと言ったのだが、早計だった。彼は笑いながら自分は仕事がなくなった、おかげで今はこいつと十分に散歩ができるよとウインクするのだった。蓄えもあったのだろう。彼の散歩姿は筆者がボストンに引っ越すまでそこにあった。ウォール街は間もなく息を吹き返したので、彼はそのままどこかに就職したに違いない。こんな余裕のある人なら、給付金が貰える間はあくせく仕事を探すことなく、愛犬とのんびりしていられるわけだ。

第3の反論は、自動車についてである。確かに直近部分の急な下げには半導体不足の影響で在庫が少なくなってしまった影響が感じられるが、世界的な自動車の売り上げ不振は3年続きの現象であり、仮に半導体が充足していたとしても、だら下がっていた可能性は高いのではないか(図Q)。それに2018年よりもかなり少ない生産台数なのに、なぜ今だけ車載半導体が不足するのかも判然としない。筆者は日本の自動車メーカーが部品不足を言い訳にして消極的になっていることの方が気になる。テスラはこんな中でも半導体部品を代替してそれに合わせてソフトを書き換え、4-6月期に史上最高台数を生産・販売できたのだから、日本企業も販売不振を直視して対策を打つべきだったと思うのだ。

買い占めが進み、出し惜しみがはびこると、もはや人災

ただ、何はともあれ、今ではFedから、イエレン財務長官から、各国の首脳から、すべての当局者がサプライチェーン問題に触れないわけには行かない状態だ。

ここまで話が拡がると別に供給に問題のなかった業種でも、社長が連想して「うちは大丈夫か」と聞けば、部品の先行調達や買い占めが進み、あらぬ不足が生じてしまうことだろう。景気減速で数量が伸びない素材業種は、むしろ生産を抑えて価格を釣り上げようとするかも知れない。いわゆる後方屈折供給曲線である(図R)。また1つの供給不足が解消して価格が下がっても、金余りのマネーが次のターゲットを見つけて価格上昇を引き起こすため、消費が低迷している割には次々と商品相場が上昇してしまう。非鉄の次は鉄、次はエネルギー、という具合に循環物色されるのだ。もちろん総合的な商品相場インフレは図Lのようにピークを超えているのだが、個々の逸話には事欠かず、市場もインフレは収束方向であると認識できていない。

今のように前年同月比でインフレを測る習慣が残っていると、年初の急激な価格上昇が含まれる間は、高い数値が出続けるため、あと半年ほどは見かけ上の高インフレが続くし、月によっては史上最高値が出てしまう。中国のPPIはその一例だが、速度計ではもうピークを超えている(図J)。当局がこのインフレは一時的と正論を吐いても事態は収まらず、却って市場に逆襲されるのだ。筆者には今すべてが、煽り煽られる人災の様相を濃くしているように思えてならない。かの不良債権問題もどこからかそうなったように。

市場のシナリオライターたちが供給不足と言う着想を得たのは、恐らく3月のスエズ運河座礁事件だったのではなかろうか。その頃はバイデンチェックやワクチン楽観でアメリカの景況感が良く、懸念は供給不足くらいだったのだ。今はもはやそうではないが、言霊だけは生きている。非常に厄介な状況ではあるが、ともかく世界景気全体が減速している中で、供給不足インフレシナリオが維持され続けることはない。今の状況ではクリスマス商戦も低迷するだろうから、多少の品不足があっても大きな問題になるはずもないと思うが、その目星がつく11月下旬~12月上旬がひとつの終わりになるのではないかと希望的観測をしている。