藻谷 俊介

2020年6月20日7 分

ポスト・コロナよりもポスト・トランプでは?

まさに題名の通りである。もし今の流れが続いてトランプ再選なしと言うことになったら、単純に考えてコロナ革命よりももっと大きなインパクトが経済、外交分野にもたらされるのではないかと言うことだ。反グローバル化の思想はトランプ以前にもあったとは言え、またオルバーン、ボウソナルなど世界にポピュリスト政治家は他にもいるとは言え、米国大統領トランプの存在がなかったら、我々はここまで反グローバル化を運命だとか歴史的方向だとか思わなかったはずである。米中対立は多かれ少なかれ発生しただろうが、これがヒラリーであったなら、現在のように世界の企業が米国大統領に踏み絵を迫られてあたふたと戦略を変更するようなこともなかっただろう(大統領機関説)。だがトランプはその強い政策属人性において米国政治史上特殊であり、個人的な帰趨が結果に影響するタイプの人物だ。

そして、このウイルス禍で一番失敗したG20の首班は誰だったかとなれば、それもトランプで決まりではないだろうか。まずは自国の保健医療システムの後進性を認識せずに、初期の対応を怠ったことで、感染拡大を許してしまったこと。その後も先進国の中で唯一、はっきりとした新規感染者数の減少を実現できていないこと。その問題を中国のせいにし、対中強硬姿勢さえあれば国民の人気を確保できると慢心したこと。対処に成功した国もたくさんある中で、中国が正しい情報をくれなかったと中国のせいにしても説得力はない(事実はどうであれ)。そしてジョージ・フロイド事件での対処を完全に誤ったこと。国民の分断感覚を理解できていなかったことや、その後も警察を訪れて遠慮なく厳しくやってくれと激励したり、ホワイトハウス前のデモ隊の催涙ガスによる強制排除をしたり、火に油を注ぐような言動を繰り返したことで、取り返しがつかないところまで自分を追い込んでしまった。その結果が、各種世論調査で民主党バイデンに10ポイント近い支持率の差を許したことである。

メッキが剥がれ世間が騒然とし始めると、民心も徐々に離れ、向かい風が強くなる。トランプが反対する最高裁のLGBT判断には、議会共和党がすんなり同意する方向だ。そこへボルトンの暴露本、そして姪のメアリー・トランプの暴露本が次々と発行されることになり、そこに書かれていることが事実なら、白人のトランプ支持者ですら支持を考え直すようなお粗末な話が一杯ある。特に習近平を散々お世辞で持ち上げた上で、自分の2020年再選をサポートするように依頼したと言う下りや、ウイグル収容所を支持した下りは、それ自体で完全に致命的だと思う(米軍最高司令官としては反逆罪に問われるレベルだ)。コアなトランプファンの行動に変化はないだろうが、保守側、白人側にも浮動票は必ずある。それが動いて数字(世論調査)にも表れてきたのである。

突然のイージス・アショア撤回

実は、それと関係していると筆者が睨んでいるのが、青天の霹靂のような日本のイージス・アショア導入撤回である。もともとイージス・アショアは防衛省サイドからは導入反対の声が多かったのだが、安倍=トランプ・ラインから完全な政治主導の形でごり押し的に降りてきて、確定したものだった。要はアメリカ大統領の高圧的なセールス攻勢に屈する形で、北朝鮮の脅威増大、イージス艦の負担軽減など適当な理屈を付けて購入することにしたのである。

しかしミサイル発射システム2基だけで2,700億円(2018年時点、1発40億円するミサイル代は含まず)と割高なため、他の装備品の購入計画を遅延させ、またあと2割上乗せしたら移動可能なイージス艦が2隻購入できると防衛官僚からは批判が出ていた。と言うよりも軍事雑誌などにおいて、イージス・アショアを支持する論説はほとんどないに等しかった。もともと住民の反対にひるむ自民党ではない。それ以前の段階で、無理筋感が強かったのである。

  • 世界でイージス・アショアを導入した国は2つある。ルーマニア(2016年)とポーランド(2022年予定)だ。ただ、これは米国とNATOの安全のための配備であり、費用は米ミサイル防衛局(MDA)が出している。自腹で買う客は日本だけという話だったのだ。

今回の急な方針転換は、防衛官僚がトランプ再選はなしと踏んで、反対攻勢にでたからではないかと想像している。ソフトウェアでブースターの落下位置を調整できないことなど、最初から分かっていたことだ。理由は何でも良いからともかく止めた、なのである。そして普段ならそれに反対すべき安倍首相も、今は河井前法相逮捕で自分の政治生命を守るのに精一杯、トランプの顔色を心配している場合ではないのだろう。河野大臣の説明を了承し、それどころか計画停止から計画撤回まで駒を進めている。これらは結局すべてトランプの権勢に陰りが見えてきたからに他なるまい。最近の北朝鮮の攻撃的外交も、イランの新型ミサイル実験も当然それを反映していると考えるべきだろう。任期の終わりが見えた時のレイムダック化とは、まさにこういった状態のことを指す。もちろん11月の大統領本選までにはまだ何があるか分からない。だが、もう見限って動き出す勢力がいるのはそれで不思議ではない。

市場にとっての問題は、近年の株高が本当にトランプ相場だったのか、トランプと言う人を欠いたら成立しない(暴落する)ものなのか、というところではないか。もちろんまだトランプ相場の残り香は強い。強運への信者もいるだろう。米国株が下がるとコロナの影響と解説されるが、事ここに及んではトランプの勝利が分からなくなってきたことによる乱高下の部分が大きいのではないかと筆者は考える。

最後に統計の話を少し…

さて、現在、四半期に一度の機関投資家向けのプレゼンテーション・シーズンに入っている。今回は、定点観測はしているものの、レポートでは話題にすることのほとんどない統計に光が当たっている。

図Aは、財政資金対民間収支という昔からあるのに余りニュースにならない統計に示された国の一般会計の支出動向である。当社で季節調整をかけたので伸び率表示ではなく、上に行くほど国にお金が入り、下に行くほど国からお金が出ていく形になっている。08年のリーマンの時に、1年掛けてああだこうだと支出を増やしていったことを考えると、「何だ、できるのか」と言いたくなるほど、図Aでは急激に国庫からお金が民間に入り込んでいる。そのほとんどは給付金の形で家計や企業に支払われ、ストップギャップの役割を果たしているわけだ。いつまでも増えないPCR検査、届かないアベノマスクなど、保健対策では延々と指導力を発揮できないでいる安倍政権だが、お金の方はかつてなくスムーズに動いていることに筆者は驚いた。

その結果が、図Bに示された倒産件数の激減に表れている。持続化給付金が支払われる一方で、銀行には企業を潰さないようにとの指導があるため、取り敢えず以前よりも企業には優しい環境となっているわけだ。ただ、近年、月に700件くらいの倒産がベースラインとなっていた(いわば経済の新陳代謝)とするなら、今はいわゆるゾンビ企業まで生き延びていると言うことかも知れない。この人工的な保護政策が解かれた時に、超過分が一斉に倒産するリスクも考える必要もあるだろう。

図Cは銀行の貸出残高だ。ほぼ垂直に上昇しており、これも企業や営業性個人の救済に役立っているはずである。このように、従来とは不連続な政策が珍しく急速に実現しているため、今、平均としての世間は意外とも言える静謐を保っているのかも知れない。逆に言えば、国会で野党が世間はコロナで困っていると主張したくても、逸話があるだけで統計的には証明しづらい状況だと言えるだろう。ただ、それでも安倍政権に元気がないのは、本人の過労に加え、これまた不祥事をはじめとする自滅的な展開が進んでいるからに違いない。

3つのグラフはいずれも5月までデータが入っている。こうした前例のない政策については、短期的には問題ないと思われるものの、どこからか巻き戻していく必要が生じる。そしてそれが案外先ではないと思わせるのが、2月から下がっていた東京の消費者物価が、5月にくっきり上昇していることだ(図D末端)。今の保護政策がコストなしで続けられるのであれば簡単だが、インフレを呼び起こすようになれば、当然止めなくてはならなくなるはずである。