藻谷 俊介

2022年7月25日8 分

コロナ拾遺 26

コロナに感染してしまった...

先週、筆者もついにコロナを発症することとなった。過去2年半、毎朝数字として打ち込んできた感染統計が、画面に並ぶ数字の羅列からついに自分にとっても現実となったことに幾分の感慨がないこともない。

典型的な家族内感染である。3連休に慶事があって家族全員が集まった際に、都市部から持ち込まれたものだ。その1名が到着した時から咳をしていたので、COVIDの可能性ありと踏んで外部との接触を抑えたため、周囲には拡がっていない。解散後、別の1名が勤め先のルールに従って受診してPCRで陽性と診断され、残りはいわゆる自主療養患者(みなし陽性)となった。その後、入手した抗原検査キットで筆者も自身の陽性を確認している。

今の医療機関の混乱を考えれば、家族全員で受診したら大変な負担を医療機関に与えてしまうし、長蛇の待ち行列で自分の病状も悪化する。受診してもパクスロービッドのような高価な飲み薬の治療薬を処方されるのは、一部の高齢者や基礎疾患患者だけである。我々のような一般感染者はただの感冒薬を渡されるだけなので、病院の待合ベンチや駐車場で症状に苦しみながら丸一日あるいはそれ以上待つ意味は感じられない。当県ではその後の生活サポートもシステム化されておらず、いわば共助に負ぶさっている。逆に専用アプリに体温などのデータを、逐次入力することを要求されるだけ面倒だ。

自分が患者になって改めていろいろ画策してみて分かったことは、お金のない日本の寂しいサポート体制だ。現在最も有効な治療薬であるパクスロービッドは、5日間1セット(パック)で530ドル(≒7万円)もする。1日20万人の新規感染者すべてに処方すれば、たった1日で140億円になってしまうから、厚労省としては安易に処方できない。アメリカはその50倍の1千万人分を購入しその1割、約100万人分を6月までに処方したとされるが、日本政府は200万人分の購入でファイザーと合意したとぶち上げたものの、その後は音なしになっている。厚労省の公開データでは6月30日時点での処方実績は10,588人分しかない。

軽症の人はもともと自力更生で何とかなるが、重症者への対処を誤った結果がオミクロン1波での前例のない大量の死者数だから、今度は失敗しないで欲しいと思う。そうでないと安心してエンデミックを迎えられない。

ただ、図AJが示すように、表向きの病床使用率は47.3%の東京都も、実際に使える病床の確保は遅れ、その圧迫からか前回よりも受け入れを渋っている。病院に空けて貰える約束をしているものも含めると7,046床確保されているが、実際に空いているのは5,673床に過ぎない。別の病気で寝ている患者を、すぐに追い出すことはできないから、約束は随時果たされるとは限らないのだ。65歳以上の高齢者は取り敢えず全員が一旦はスムーズに入院できる位のベッド数(医師数)があるのが理想で、野戦病院建設も含めて何度も話に上がりながらも、この辺がいつまで経っても改善されないことには嘆くこと頻りだ。

幸い当家は全員軽症の部類だった。中でも筆者が一番軽症で、36度台の微熱と咳、最後に鼻づまりがあっただけだから、仕事や家事をぎりぎりこなすことはできた。一番高齢の筆者が一番軽症だったのは、3回目のワクチン接種(ノババックス)から3週間しか経っていなかったため、恐らく免疫が比較的強かったからだろう。同じ軽症とは言っても、熱が38度あったり、喉が切れるように痛む家族は、軽症と呼んでは可哀想な状況だった。風邪のようなものだとしても、極めてたちの悪い風邪であると言う他ない。

3/8号『コロナ拾遺25』でHuman Challengeによる正確な時間軸を紹介したように、Covidは感染から治癒まで平均9日と長く(インフルエンザは4-5日)、実際罹ってみると軽症でもなかなか完治はせず、毎朝目が覚めると昨晩と同じ症状が残っていることに憂鬱になった。筆者の場合もちょうど9日目の今夕、症状が消えて抗原検査も陰性になった。振り返って、罹らないに越したことはないとしみじみ思った次第である。

ファウーチ博士の憂鬱

アメリカ国立アレルギー・感染症研究所所長で、大統領首席医療顧問として政府のコロナ対策を指揮してきたファウーチ博士も、先月コロナを発症している。バイデンと同じくワクチンを計4回接種したにもかかわらずの発症だ。もちろんパクスロービッドをすぐに処方され、5日間の投与が終わった時点で陰性になったことを確認。ここまでは典型的なストーリーだったのだが、4日後に博士は再び陽性になってしまう。これを現地ではPaxlovid Reboundと言う。最初の時より症状は重くなり、博士は追加で5日間の投与を受けてようやく回復した。このようなリバウンド現象は、パクスロービッドを飲んだ患者の1%程度に現れるとされているが、毎日のようにテレビに出ていた有名人なので、アメリカでは大きな話題になった。

原因は特定されていないが、誰でも真っ先に思いつくのは、パクスロービッドがウイルス増殖を抑えている5日という時間内では、体内の免疫が十分に構築されない人がいると言うことだろう。時間が足りないだけでなく、パクスロービッドの効力が良すぎてウイルス数(抗原)が減り、体が抗体を作る雛形が不十分になると言うことかも知れない。幸いパクスロービッドへの耐性をもつウイルスは、リバウンド患者から見つかっていない。これによってパクスロービッドが無意味になったわけではないので筆者はほっとしたが、誰より慌てたのはパクスロービッドを推進してきたファウチ博士自身だったことだろう。

時間の経過とともに性能表示が下がった
 
飲み薬の三羽ガラス

ただ、この間に加わった新しい治験データなどを見てきた筆者としては、総合的な印象として飲み薬全般への期待が、半年前より多少しぼんでしまったことは否めない。飲み薬さえあればコロナになっても大丈夫、アメリカのようにひたすら処方さえすれば良い、と広く信じ込まれると逆に弊害が出てしまうだろう。

パクスロービッドについては、6/14のファイザーによる追加治験の発表を見ると、当初89%と喧伝された有効性(ワクチン未接種者が重症化するリスクに対して)は、ワクチン接種済でかつ1つ以上の基礎疾患をもつ感染者が重症化するリスクに対しては、有効性57%と書き直された。こちらの方がより現実社会で問題となるケース設定である。昨年11/26号で、筆者が懸念した通りの結果になってしまったことになる。もちろん悪い数字ではないが、卓効とは言えなくなった。他にもいくつか指標が出ているが、総合するとこの薬の実有効性は6割程度と思われる。また、抗コレステロール薬との禁忌があって肥満性の患者への処方が制限されること、味覚障害が出ることなど、当初は少ないとされていた問題点も知られるようになっている。

次に、筆者が昨年10/15号でその根本的安全性に疑義を呈したメルクのモルヌピラビル(商品名ラゲブリオ)については、当初50%と発表された有効性が治験の進展とともに30%まで下方修正されてしまい、欧州などからは発注の取消や縮小が相次いだ。アメリカでも現在はほとんど処方されなくなっていると言う。驚いたことに日本ではまだ中核的に使われており、上述のパクスロービッドの30倍近い293,414人分が6/30時点で処方されている。因みにモルヌピラビルの方が1人あたり700ドルと更に高いはずなので、日本はお金もないのに一体何をしているのかと思う。何かの利権などではないと思いたいが、ともかく催奇形性などの潜在問題を拭い切れていないのはアビガンと同じで、有効性も低く、まったく処方するメリットが感じられない薬である。

三番目は、当冊子でもおなじみ、塩野義のS-217622で、今ではエンシトレルビルという一般名(商品名ゾコーバ)があるので今後はそれを用いる。パクスロービッドと同じ3CLプロテアーゼ阻害薬だが、化学式はかなり異なっている。筆者はかねがねエンデミックの条件として国産薬の存在を挙げ、塩野義のこの薬に期待してきたことはご存じのとおりである。しかし7/20に開かれた厚生労働省の薬食審・薬事分科会及び医薬品第二部会の合同会議は、この薬の緊急承認を認めず、継続審議とした。これについては、頭の固い日本の薬事行政が患者の希望の芽を摘んだような報道がされているが、塩野義の治験も政府の緊急承認を当て込んで簡略に過ぎる部分があり、筆者としても決着付けがたい。

確かに血中のウイルス量を低下させる能力は認められるのだが、実際の患者にとって重要な12症状の合計スコアでの改善が、プラシーボ群とほとんど変わらないことが最大の問題であり、継続審議となっただけでも(首の皮一枚繋がって)良かったというところである。ファイザーのワクチンもそうだったが、血中の数値成績はずば抜けて優秀でも、実使用では他のワクチンとそこまでの差を示せない「受験エリート」みたいなところを感じる。また、ウサギの胎児の軸骨格および外表に奇形が発生したこと、ラットの新生児に死亡、発育不全などが生じたことも懸念である。このためアビガン同様に、妊婦または妊娠している可能性のある女性への投薬は禁忌となった。これでは、パクスロービッドに対して劣位とならざるを得ない。

と言うことで、自分が罹ったら飲みたいと思う治療薬がこの数ヶ月でなくなってしまい、今回は普通の感冒薬でコロナを乗り切れて良かったと感じる筆者である

最後に、目先の日本の感染予想

毎日大変な数の感染者が報告されているが、変化率の変化率に着目する当社の短期予想モデルでは、7日平均で1日あたり20万人程度がピークで、月内にもピークアウトする予想になっている。それを反映した図Bの予想点も次第にフラット化に向かい始めた。

そしてその背景にある人流も、このところ減少傾向にある(図1~2赤線)。責任を取りたくない政府が行動規制を出さないから、一部国民の自発的な行動規制によって感染が収まっていく構図だ。仮に奏功しても、政府を褒めるには値しない。政府の成績は死者数で決まるのだ。