藻谷 俊介

2022年3月8日8 分

コロナ拾遺 25

ウクライナ侵攻の陰に隠れてしまっているが、エンデミックになるまでは細々と更新を続けようと考えている。前回1/26のコロナ情報アップデートからも1ヶ月半が経過している。最近になって全国のコロナによる死者数がようやくピークアウトしてきた。しかし、図AAが示すとおり過去のピークより多い死者を毎日出しているので、この第6波が収束した時点での累計死者数は、これまでで最も累計死者数の多かった第3波をかなり上回るだろう。筆者がオミクロンは救世主でも、風邪でもなく、ここから死者が急増すると言ったのは、こうなることが十分に予想(推計)できたからである。

特に低くないオミクロンの致死率

どこからともなく吹き込まれたオミクロンの弱毒化というイメージだが、リアルワールドの統計を見ると、ますます意味のない差になっている。表1は、デルタの感染ピークだった昨年8月と、オミクロンのピークだった2月の世代別致死率を比較したものである。ピークの前と後では致死率に大きな差が出るので、それぞれのピーク月を比較することで時差が小さくなるようにしたわけである。見ての通り、特に致死率の高い80歳以上の高齢者層において、致死率はオミクロンの方が高い。もともと致死率の極めて低い若年層では、オミクロンの方が致死率が低いが、実数が小さいので死者数全体と比して実体的に意味のある差とならない。そして40歳以上になると、1ヶ月あたり死者数そのものがデルタを凌ぐようになる。このような公表された数字に基づく、政府方針への批判的検証がメディアによってなされていないのはどうしたことかと思う。

海外でもオミクロンの死者数が、大なり小なりデルタを上回ってしまった国が多い。そうした国からは、当初、南アフリカの医師会会長であるクトシーア女史(Coetzee...アフリカーンス語はスペルからは想像もできない発音になる。クッツェーは誤読。)が弱毒説を広めたことを非難する声も上がった。これに対して女史は「(老人の極めて少ない)南アフリカでは弱毒と言う表現で間違いなかった。他の国でどうなるかは私の責任ではない。」と突っぱねている。一方で、一部の欧州の専門家は「まともな専門家なら、感染力が桁違いに強いウイルスのことを最初から弱毒とは呼ばない」と雰囲気に流されがちな自国の専門家たちを批判している。だが、こうした経緯も日本にいると伝わらない。

過去のレポートで書いてきたように、第6波に対する日本の専門家の能力の低さにも目に余るものがあった。オミクロンは弱毒という情報が先行し、それに専門家たちも惑わされ、「感染者が驚くほど肺炎にならない(たまたま初期は若い人中心の感染だったため)」とか「風邪になろうとしているオミクロンちゃん」と言った《専門家》たちの早計な所見がネットに広がってしまった。尾身会長の「ステイホームなんて必要ない」コメントも、本人は発言の一部が一人歩きしたと言い訳しているが、全体を読んでもやはり弱毒説に依拠した制限緩和を念頭に置いていたことは間違いないと思う。あのとき都道府県知事たちが怒りの声を上げなかったら、もっと酷いことになっていたに違いない。尾身は「今度失敗したらもう後がない」、「ルビコンを渡る気持ち」など、一見すると首を預けたようなセリフを感染増の度に繰り返してきたようだが、だったらとっくに辞任すべきではないかと筆者は真顔で言いたいところだ。他に人材がいないのなら、日本は本当に情けない国になってしまったと言うことだろう。

かくして、今までで一番死者の多い第6波なのに、日本の人々は恐らく今までで一番安心している。図AAがシンプルに示すとおり、今、任意の国民1人がコロナで死亡する確率(人口あたり死者数)は、デルタ以前よりもよほど高い。結局、人間には科学性が備わっていないと言うこともできるが、筆者はオミクロンが大規模に感染したことで、(高齢者でなければ)コロナはそこまで怖い病気ではなかったことが、今になって多くの人に可視化されたのだと考えている。デルタ以前でも罹った人のほとんどは治っているのだが、近隣に実際に罹った人を見つけることが簡単ではなかった。症例があまりに少なく、見えないから恐怖だったのだ。オミクロンでは職場、学校や知人などにも感染者が拡がり、ほぼその全員(60歳未満ならその99.99%、表1)が回復したと知って、逆に人々は安心した。実はデルタでも99.98%が治っていたのだが、実感していないので何となくオミクロンで激変したと思われているのだろう。憐れむべきは、逆にこれまで以上に亡くなっている老人世代であるが、そこにもうメディアの関心はないように見える。

そうなるとブースター接種が伸びていないのも不思議ではない。ただ、筆者が子供にワクチン打つくらいなら老人を確実に、と主張してきたように、高齢者のブースター接種はこれまで以上に重要になっている。表1を見れば明らかなその点が伝わっていないのが残念である。

エンデミックの3条件と国産の薬

筆者は2022年はエンデミック元年と主張してきた。エンデミックとは、平たく言えばインフルエンザのように死者を抑制しつつ、ウイルスと共存することである。エンデミックにはインフルエンザ同様に3つの条件が必要であることも述べてきた。①効果のある治療薬(飲み薬)、②治療薬を早く処方するための迅速で十分な検査薬と態勢、③死者を抑制するための高齢者への定期的ワクチン接種である。そしてインフルエンザ同様に、その3つすべてが国産でまかなえないと安心に繋がらない。逆に3つがすべて不足した状態で日本はオミクロンの洗礼を受けてしまい、今もかような死者を出しているのである。

ただ希望の光もある。2/7にはこれまで治験データが発表されてこなかった塩野義の治療薬S-217622に関してようやく簡単なプレスリリースがあり、3回投与後4日目のウイルス力価の陽性患者割合が、偽薬群と比較して約60~80%減少することや、ウイルス力価が陰性になるまでの時間の中央値が同2日短縮されることが発表された。治験人数が70人程度と少ないため実際に重症化や死亡を回避する効果までは検証できておらず、米国製の飲み薬との直接比較はできないわけだが、服用途中での迅速なウイルス量削減や、タミフル(インフルエンザ薬)の陽性時間短縮効果が0.7日であることを考えると、2日という数値は悪くない。

また、3/4には同じ塩野義のコロナワクチンS-268019の治験結果も発表された。これも海外のようなきちんとした論文形式ではない上、200人と小規模なので精度不足は否めないが、3回目接種における中和抗体価ではファイザーに負けない数値を出している。また発熱などの副反応もファイザーに比べて低めである(塩野義によれば発熱する割合はファイザー59.2%、塩野義38.8%)。もはや集団免疫は不可能なのだから、有効性の数ポイントを競うよりも、高齢者にとってより肉体的負担が少ないワクチンを選べることは継続性という点で重要である。筆者自身は、三菱田辺のカナダ子会社であるメディカゴ製ワクチン(既にカナダでは接種開始)に、その低い発熱率(10%以下)などで期待している。いずれもmRNAワクチンのように遺伝子を体に入れて抗原タンパク(ウイルスの一部)を作らせるのではなく、工場で予め合成した抗原タンパクを体に入れる形式で、より不活性化ワクチンに近い。読者はご存じの通り、昨年急に巷に溢れたmRNAワクチン至上主義に筆者は辟易していたので、選択肢が増えることを素直に喜んでいる。

英国のHuman Challenge(いわば人体実験)

2/2には昨春から英国で行われてきたHuman Challengeの結果が飛び込んできた。極めて重要な情報なので、整理しておきたい。Human Challengeと聞くと何かの競技会のようだが、実は故意に被験者にコロナを感染させて、長期にわたり正確にデータを取るいわば人体実験である。イギリス政府が資金を拠出し、免疫学では英国随一の研究機関であるインペリアル・カレッジ・ロンドンが行った。別サイトで見たのだが、報酬は6,200ドルほどらしい。今回はいずれもワクチンは未接種、感染歴もない18~30歳の健康な男女36人のボランティアが参加し、ごく少量の武漢型B.1ウイルスを鼻に液滴された(感染者の鼻汁1滴分相当)。むろん重症化しそうな場合には即刻治療に切り替えるのだが、36人とも重症化しなかった。結果として分かったことの一部をリストアップすると以下のようになる。

  • 36人中18人が感染したが、18人は感染しなかった(PCR陰性のまま)

  • 感染した18人のうち16人は軽度の症状があり、2人は無症状だった

  • 感染した18人が液滴(感染)からPCR陽性になるまでの平均時間(潜伏期)はわずか42時間だった

  • 液滴(感染)から感染力を失うまでの日数は平均で9日、最長で12日だった

  • 感染した18人のうち13人が味覚嗅覚の異常を訴え、うち10人は90日以内に正常化したが、1人は9ヶ月以上を要した

  • PCR検査を簡易検査(クロマト)で代用しても統計的にまず問題はない

重症者はいなかったものの、後遺症が長引いたケースがあったことで、政府や大学の倫理を問う声もあった。ただこれまでの疫学的調査では、最も肝心な「いつ感染したか」を本人申告ベース(錯誤や嘘もある)の行動記録から推定するしかなかったため、今回の調査でタイムラインがはっきり分かったことは大きい。当初言われた(長い)潜伏期のうちから人にうつるウイルスではなく、潜伏期が非常に短いために検査隔離前に感染が拡がるウイルスだったことが分かったわけである。別にオミクロンだからではなく、初期武漢型から潜伏期が短かったことが判明したことで、入国時に14日も自主隔離する理由はそもそもなかったことになり、その後各国で短縮化を一気に加速する1つの大きな根拠となった。また、被験者の半分がウイルスの液滴を受けても感染しなかったことはサプライズであり、36人ではサンプルが少ないが、ここを起点に罹りやすい人とそうでない人を分けるファクターなども調査されていくと期待している。