藻谷 俊介

2022年1月7日8 分

2022年の難しさ ... 新春望見

昨年末にかけての様々なレポートを通して、中国経済に低迷脱却の様子が窺えること、日本の鉱工業生産指数も連続して上昇し、日本でも景気の循環的な回復が感じられるようになってきたことなどを述べてきた。循環指標の回復傾向は日中だけではなく、他の主要国の多くにも見られ、世界経済は同時回復の様相を見せている。普通なら2022年の世界経済は存外良い流れでスタートを切ったと言えるはずである。

ただ、こうした流れを妨げるものがあるとすれば、その第1はオミクロン型の各国における感染急拡大であり、第2は中央銀行の引き締め転換であることは論を俟たないだろう。愛でたい年初だが、今回はリスク要因の話をさせて頂く。

東京に襲いかかっている危機 ... 新規感染者数が10倍になるのにわずか10日の衝撃

前号(12/26)では、「第5波のピークに並ぶまで(谷から山まで)デルタならざっくり4ヶ月かかるはずだが、オミクロンなら2ヶ月以内に新高値更新ともなり得る計算である」と述べた(図E参照)。その時点で谷(11/26)からすでに1ヶ月経っていたので、要は1月中にも記録更新と言う暴言的な予想だったのだが、図Eを見れば既に現実はそれ以上になってきている。デルタのいない日本は、南アフリカのようになるとの筆者の予想は的中した。

東京は特に厳しい。今号から表A右端のSpeed欄を仕様変更して、新規感染者数が10倍になる日数(直近7日で計算)を表示することにした。その日数が20日以下の危機的状況にある国は赤く表示されているが、東京は現時点で既に10日になっている。あえて畳みかけて解説すると、これは10倍になるのに10日、100倍になるのに20日、1,000倍になるのに30日...と言うことである。例えば1/6現在の1日平均215人が、20日後の1/26には21,500人になる勢いであり、それは第5波ピーク平均の約5千人弱を4倍以上も上回る水準である。しかもここまでの推移から、この10日はさらに短くなる可能性もある。広島、山口、沖縄の「まん防」どころではない大変な難題が、岸田政権のすぐ目の前に控えているわけだ。

表Aではインドや豪州も厳しい。人流増でも感染者が減り続けていたインドでは国民のほとんどが感染して集団免疫が達成されたかのような仮説もあったが、表Aが示すように感染率は2.6%に過ぎず、44%程度のワクチン完全接種率と合わせても集団免疫の可能性はなかった。今のストレートな急増はそのことを証明している。広大なインド亜大陸には、まだこれからコロナに感染する可能性のある人は限りなく存在する。ただ65歳以上人口が6.6%しかない若い国なので、死者数は伸びないと考える。

高齢者比率の高い日本、ブースターや飲み薬の確保も遅れている日本、国民感情がまだコロナとの共存(前号のエンデミック項を参照)を受け入れていない日本では、病院ベッドの圧迫に対して、緊急事態宣言以外に策はないだろう。図Bでそのタイミングを占うなら、早ければ1/12頃にも東京および大都市圏での緊急事態宣言が出る可能性がある。その後は全国への展開もあり得る。政府は自宅療養を増やすと牽制球を投げ始めたが、10日で新規感染が1桁増えてしまう勢いなら対処不能だし、国民はそのような患者ほったらかし政策が嫌いだろう。飲み薬もない。あれだけ時間があったのに、野戦病院もほとんど存在していない。諸外国との足並みもあってなるべくなら出したくないのは明らかだが、多分、日本では出しても支持率は下がらないし、暴徒の反乱も起きず、結果として感染者が減ればむしろ褒められるので、即決好きな岸田さん的には「あり」ではないか。

それ程のまれに見る勢いなのだが、どうも報道は前週比の高い伸び率を報道するだけで、現実感に欠けている。それはメディアも国民も図1のような直線軸(縦軸)で感染者数を見ているために、この間ずっと数値が小さいと高をくくり、疫学では最も重要な「勢い」が分からなかったからだろう。対数軸で見れば(図E)既に第6波は1ヶ月以上進行しており、この驚異的なオミクロンに、減弱してきた免疫(図AF、約100%と言うことは2回換算で50%の接種率相当)で闘うしかない日本の立ち位置は極めて悪い。

繰り返すが、図1と図Eは軸の表示が違うだけで同じものである。図Eの対数軸では、水準の大小に関係なく、伸び率が同じなら同じ勾配で表示される。これによってウイルスの勢いが図示でき、時間軸方向にもある程度意味のある予見が可能となる。図1だけでは、データを見慣れた筆者でもこの先いつどうなるかが判断できない。

2つのインフレ

さて、話を2点目のリスクである金融引き締めに移そう。オミクロンに世界は騒然としているとは言え、前号で述べたようにオミクロンがワクチンによる制圧を一段と不可能にすることで、エンデミック(インフルエンザ的決着)はむしろ強制されてくる面がある。国によって判断時期は前後するだろうが、これ以上経済に悪影響を与えずに、死者数との間でぎりぎり納得できる共存を目指す国は増えてくるだろうし、世界景気へのネガティブは最終的にさほど大きくならないと筆者は想定している。

そうであれば、コロナが適当にブレーキをかけてくれるお陰で先延ばしになってきた金融引き締めも、コロナと無関係に進められる可能性が出てくるとも言える。図2は主要17ヶ国の消費者物価指数をPPP-GDPウェイトで1本の線にまとめた上で季節調整をかけて、各時点での3ヶ月インフレ率を年率換算したもので、いわばリアルタイムに近い世界インフレ率である。これを見ると、昨秋以前と以後で2つの山(インフレ)が発生していることが分かる。この2つには、発生機序的な違いがあると筆者は考える。

前者は実物経済、特に中国経済が減速し、需要が低迷する中で発生した、マクロ経済学的には説明できないインフレだ(10/15号で解説)。このインフレが進んだ昨春には、①バイデンの小切手、②スエズ運河事故による供給不足インフレの類推(後のサプライチェーン問題)、③ワクチンによる出口期待と言う3つの大きな仕掛けがあり、一部では買い占めなども含め先取り的に仮需インフレが発生したものと筆者は考えている。仮需であっても発注が増えれば品不足になり、ますます調達が殺到する。トイレットペーパー不足と同じである。しかし長期的にはサポートされないので、図2は秋頃には一旦通常のインフレに収束した形になったのだ。

これに対して秋以降に再加速した後者は、冒頭で述べたように景気回復を伴っており、実需インフレとなって居座る可能性がある。しかも、図2と同様の手法で計算した世界マネーサプライの伸び率(図3)を見ると、金融的なサポートの薄かった前者と異なり、後者はマネー要因にも支えられそうだ。この期に及んでマネーサプライ(信用創造)が伸びてきた背景には、①実物景気の回復傾向に加えて、②中国の金融緩和への再転換や、あまりニュースにはならなかったが③8月末のIMFによる過去に例のない総額6500億ドル規模のSDR配分(4565億SDR)などが貢献したと考える。

リーマンショック時のSDR特別配分が総額215億SDRだったことを考えれば、今回の配分が如何に巨額であるか分かる。SDRは一種の外貨であり、各国の外貨準備をその分増やすので、例えばアメリカの外貨準備(金準備を含む)は7月に1406億ドルだったものが、8月には2532億ドルと倍近くに膨らんだ。本来なら2020年中に行うべきだったコロナ対策が、調整に次ぐ調整で遅れ、こんな時期になって振り込まれたわけである。SDRはIMFへの拠出額に比例して割り当てられるので、資金力のない中小新興国の救済効果は必ずしも高くなく、米国795億SDR、日本295億SDR、中国292億SDR ... と言った具合にまずは大国、先進国の流動性に寄与してしまう。

実質政策金利の急低下が迫る利上げ

以上のような状況を中央銀行の目線で考えるなら、経緯はどうであれ、昨年秋までのインフレはやり過ごせても、昨年秋以降のインフレには警戒する必要があると言うことになるだろう。パウエル議長が、一時的と言ってきたインフレに対して、先月突然タカ派的な態度を取り始めたことや、欧州中銀や日銀の姿勢変更、イングランド銀行の利上げと言った変化は、筆者から見ると以上のような2つのインフレの違いで説明できることになる。

さらに言えば、タカ派は量的緩和の縮小だけでは足りないと考えるのではないか。図4~5は主要17ヶ国の政策金利(名目と実質)である。確かに新興国を中心に利上げは一昨年から継続的に行われてきたが、昨年の2つのインフレによって、図5の実質政策金利の方はマイナスであることはもちろん、筆者が計算している2000年以降では前例のない低さになっている。こうしたことから、来たる引き締めは利上げを伴って進むと考えるべきだろう。

ちょっと油断して甘くし過ぎたと中央銀行は揃って考えているに違いない。もちろんアセット価格など、他にも中銀が気にするものはあるから、ここからの引き締めコースの進捗には予期できない部分もあるが、コロナだから甘くするのは当然と言う理由付けはもはや許されないところに来ていると思う。引き締めで日銀がリードを取る姿は想像しにくいが、一方でインフレは自民党が依拠するシルバー民主主義(年金制度)を吹き飛ばすリスクもあるので、デフレでなければどんなインフレでも嬉しいわけではないはずだ。

今は菅さんの置き土産である通信料の下落があるので、日本のインフレ率は低く見えるが、通信料を除くと既にインフレ率は長年の目標だった2%に達している(次頁図6青線)。もう黒田さんもこれで満足なのではないだろうか。そんなことを考えながら始まった2022年は、誰にとってもなかなか対応が難しい一年に思えてくるわけである。